第8話 第八章

「もう年齢など気になさらずとも……」

 レクシアは言葉を切って頬を赤らめた。

「どういう意味だ?」

「それこそ、今言うべき事ではありませんでした。息が整ったら突入でよろしいですか?」

「分った。もうすぐだ」

 片手で剣を振った。動きに鋭さは戻っている。行ける。

「突入する。外側から削るのは変わらない」

「はい」

 その時だった。俄かにオークの数が増えた。

 最初の突入より数を増やしている。

 多少削ったくらいでは無駄だ。そう宣言するように。

 そして群れの中央に、さらに巨大なオークが現れていた。

 三階建ての家ほどはあるだろうか。

『この森は通常より悪意が高いかも知れません! こんな……私も見たことがないパターンかも知れません。気を付けて』

 セフィの声が上ずっていた。

「構わないか?」

「従います」

 レクシアの眼が鋭さを増す。

 揃って駆け足で踏み込んでいった。

 魔物の住む森の規則など知らない。だが戦況とはこういうものだ。

 常に流動し、いつ伏兵が現れ騎士が踏み込んで来るかなど十全な予測は出来ない。

 基本的な戦い方はもう掴んでいる。まずは十数体を灰に変えた。

 鉄の塊のような鎧を纏ったオークが混じり始める。

「対策をするのか。ここの連中は」

 構わず全力で貫く。大剣ならば問題はない。魔力が一点突破を可能にする。

 鉄を砕き突き抜ける。

 力任せに貫けばいい。鎧で角度がずれないよう意識はする。

 レクシアには厳しい戦いになっていた。

 より一層の痛撃を加えるために相手の動きも利用し、鎧が覆う心臓を斜めから貫く。

 ほんの僅かな隙間しかない。

 二人の攻撃速度は明らかに落ちてしまっていた。

 囲まれ、魔装が氷の層で棍棒を防ぐ回数が増えていく。

 氷の砕ける音が響き、視界と攻撃が遮られる。

 氷壁が持っているうちに横に回り込むオークに刺突を浴びせる。氷壁はすぐに消えては現れる。

 振り回される棍棒に再び氷壁が現れる。

「傷を負ったら退避する。無理はするな」

 棍棒が氷壁を砕く轟音の中で叫ぶ。

 レクシアが首肯する。

 『回復』を詠唱する時間があれば深手でも立ち直れるが。

 まだイートスには詠唱できない。レクシアに深手は負わせられない。

 魔法的援護さえできれば。

 今は無傷で切り抜ける事を考えるだけだ。

 重武装のオークが増えるにつれて押されていく。

 後退しながら立て直しを狙う。

 現状では突破は無理に思える。後方を確保しながら下がる。

 腰の魔液入れが熱い。

 色を確認している暇はないが、無理をしている結果として黒に近づいているのではないか。

 そう思えた。

『レベルが上がれば恩寵が得られます。持ちこたえるだけでも漆黒に近づいていますよ。どうか限界を超えないように。退路を確保してください』

 セフィの声だった。不安そうだった。

『私にも経験がないと言っても過言ではありません。この森には過剰な悪意があります』

「引いては出る。それしかない」

 レクシアと後方に下がる。最後は逃げるように走った。

 再び木陰で休息する。今度は息が切れていた。

 肩に打撲を負っていた。

 レクシアも棍棒の棘で、腕に赤い傷が裂けたように開いていた。

 痛々しいが気にする様子もなかった。

「ただの鉄の防具なら叩き潰されてたな」

 棍棒で内側に曲がる防具を思った。打たれた箇所が動かせない。

 盾も弾かれて終わりだ。

 どれだけ集中打を受けたことか。

「イートス様はどこか、治療する場所はありませんか?」

 レクシアが腕を手早く直すと、聞いて来る。

「肩を頼む。骨には異常がないと思う」

「詠唱は深手でも同じです」

 レクシアの手が白く光る。

「『治療』」

 痛みが消える。

「それを覚えないとな。君が倒れたら終わる」

「これを」

 白い液体の入った細長い瓶を渡される。

「ポーションです。『治療』と同じ効果があるんです。これでも結構覚えて来たんですよ」

 魔法使いになる為の『旅』の間だろうか。

 ただ魔物であるだけのイートスとは全く違う。

 魔物……。その力は使えないのか? 感情を吸い上げるだけなのか?

「レクシア。聞いていいかな」

「分る事でしたら」

「俺は魔物として戦えるのか?」

「今でも並みの人よりは力が漲っていると思いますけれど、最大まで引き出すには、その、儀式が必要なようです」

 レクシアが赤面していた。

 およその見当はついた。戦場にはまるで似つかわしくないことをするのだろう。

「正気を失ったりしないか? つまり、ただ夜のような……」

「はーいはいはいはい出番ですよね」

 こういう話題になるとレニアの顔は監視も忘れて笑顔になるようだった。

 どこで聞いていたのか。

 いつの間に擦り寄って来ていたのか。

「これ、バトルポーションです。絶頂を力に変え、体格さえ思うまま、というのはご主人様がシャドウだからですけど」

 血のように赤いポーションだった。

「そう言ってたな。何だシャドウっていうのは」

 半ば呆れながら言った。

「変化できる魔物です。魔力だけで出来た身体を持っているもの全般はシャドウと言うんです」

「俺の身体はどうなんだ?」

「そこは念を入れて細工してあります。普段は人間みたいなものです」

 人間みたいなもの? 改めて思う。もう俺は居ないのだ。

 レニアは懲罰会議にでもかかればいい。

 幾ら魔法都市でもやってはならないことがあるだろう。

 魔物が内に潜んでいる感覚というよりは、むしろ初めから人ではないのか。

 ずっと寡黙な指揮官として転戦してきた。時には声を荒げる事もあったが、諦めもあったのだろう、ただ最善を尽くす為だけに黙り、指揮する時にだけ号令をかける。

 感情を無くしたような日々を過ごした期間も長かった。

 それがこの数日、次第に何かが溢れ出すように思える時があった。

 懸命に抑えつけてはいたが。身体のレベルで自分が変わってしまっていた。

 寡黙な指揮官は感情に支配された魔物に成ったというわけだ。

「ははっ」

 苦笑が抑えきれない。

「初めから完全に魔物なのか。レニア。お前は大した奴だよ」

 皮肉は込めた。

「そうでしょう?」

 皮肉など通じないようだった。隠り世へ落ちろ。冥界へ落ちろ。

「有り難く貰っとくよ。効果は?」

 真っ赤なポーションを鎧の脇に仕舞う。

「通常だったら生命力増加に使われるエネルギーを変身と体力強化に使えます」

「違法じゃないんだろうな」

 そう問い質したが目を逸らした。やっぱり最悪だった。

「お前と一生顔を突き合わせて生きる積りはないからな。レニア」

 思わず立ち上がってレニアを威嚇していた。

「ま、まあ、セフィ様のはからいもあるでしょうから。ずっとそのままだとは限りませんよ。ね」

 レニアは、たじろいだように手を身体の前に突き出して振っていた。

「このポーションなしでもお前くらいは叩き潰せるからな」

 押し込めていた怒りが吹き上がるように表面に現れる。

 その時、右手に違和感を感じた。

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