第3話努力



『ファージ!!』


 蹄の一撃を脇腹に受け、ゴロゴロと転がる俺をレオナが受け止め、村の方に居る人達から声が上がる。


 感動なのか痛みなの、将又遠回しに振られたショックなのか、俺の瞳からはダイヤモンドの雫が零れ落ち、それを見たレオナがギョッと目を剥く。



「あ、あんた何泣いてんのよ!! 幾ら痛いからって……」


「蹄だぞっ!! 今の骨砕けてても可笑しくなかったんだぞ!! おぉぉ……」



 やはり身体的痛みの方が勝った。


 だってよ、断るにしてもこれは無いだろ。流石の俺もカチンと――



「ばっ馬鹿野郎っ!! きゅ、急すぎるぞ小僧っ!! このわた、私に向かって何たるぐこひゅっ……愚行っ!!」



 かわいいいいいいいぃぃぃ!!!


 夕日のように染め上がった顔を腕で隠しつつ、腰に帯刀していた剣を向けてくるが、言葉を噛んだことで可愛さ倍増っ!


 もう俺を苦しめないで……。


 鼻から垂れてくる真っ赤な忠誠心を放置し、俺はレオナの腕の中でぴくぴくと悶え苦しむ。

 レオナの表情がやばい事になっているが、もう手遅れだろう。後が怖い。


 流石の村長も困惑の表情を浮かべている。



「ま、魔王ざま……ど、どうがげっごんを……」


「けっ汚らわしいぞ小僧!! その薄汚れた手を私に向けるなっ!! 次は命が無いと思えっ!!」



 魔王様は剣先を俺の顎に添え、殺気に塗れた表情で見下ろす。

 しかし、その頬は未だ紅に染まっており、強がって見せても可愛いだけだ。


 あぁ、本当に好き過ぎてどうにかなりそうだ。

 俺は鼻血を吹き出しながら恍惚の表情を浮かべる。



「ひっ……と、取り敢えず、先程の件考えておけ。きょ、今日の所はかかか帰らせてもらう」



 そんな俺を見た魔王様はあからさまにドン引き、逃げる様に魔獣を走らせて帰って行った。


 んー。何が敗因だ? 恐らく俺の言動ではない筈だ。さっきは引かれてたけど。

 まぁ、初対面だしどうにかなるだろ。あの感じだともう一度来るっぽいし、その時に又告白したらいいだろ。


 俺はむくりと起き上がり、血の付いた顔を手で拭う。


 やはり魔王様に見合う為にも、あんな腐れ畑なんぞ見捨てて特訓せねばっ!!



「レオナッ! 俺はこれか――ぐぼふっ!!」


「あんたねぇ!! どういう思考回路したら魔王に告白なんてしようなんて思うわけっ!? 私達の村を滅ぼそうとしてるのよ!!」



 振り返った俺の腹にレオナの拳がめり込んだ。そのまま二、三メートル後ずさった俺の鼻から、又もや血が滝のように流れ出す。


 鼻関係なくないか!? どんだけ敏感だったんだよ!!


 俺は手で鼻を抑えつつ、アスカの言葉に返答する。



「だっでよ、がわいがっだんだがら。ごいにおじだんだよ」


「なんて言ってんのか分かんないわよ!!」


「ごればおばえのぜいだろ」


「はあ!?」



 くそっ、鼻血のせいで上手く喋れないぞ。もう少し怪我人を労わってもらいたいものだ。

 確かに、レオナの言う通り俺達の村を滅ぼしに来たのだろう。だが、その前に“投降せよ”とも言っていた。 

 それは恐らく、あまり殺生はしたくないから私に付け、という意味なんじゃないだろうか。


 現に、先程の俺の行動に驚いてはいたが殺そうとはしなかった。

 噂されている冷徹の魔王やら破壊神やらが本当ならば、嫌悪感を抱いた時点で俺を刺し殺していただろう。

 それは逆らえばお前らもこうなるぞ、という見せしめにもなるし効率が良い。


 やはり、こういうのを踏まえても、あの魔王はそこまで悪い奴じゃないんじゃないかな?



「というのが俺の見解ですが」


「は? 急に黙ったと思ったら何?」



 レオナの顔が怖いっ!! 魔王より魔王らしいぞっ!!


 俺は恐怖に後ずさりつつも、考えも共有できない幼馴染など……と呆れかえる。

 長年一緒に成長してきたのだ、それくらい当たり前だろ。


 ……だろ?



「俺の考えも読めないなんて……本当に幼馴染なのか?」


「ばっかじゃないの!? 幼馴染だからって分かる訳ないじゃない!!」


「えっ!! そうなの!?」



 うわー初めて知ったよー。


 レオナの言葉に驚愕を隠せない俺は唖然とする。


 と、そんな俺達の元に村長が寄って来ていたようで、それに反応したレオナが村長に駆け寄っていく。

 同じように俺に抱き着いてもいいんだぜ? その豊かなおっ――



「あんた何考えてるの……?」


「ボクシラナイ。ナニモカンガエテナイヨ」



 ジト目で睨みつけてくるレオナを完璧にあしらいつつ、微笑んでいる村長に視線を向ける。


 そういえば村長は純白の髭を伸ばした爺だ。禿げ上がった。

 御年七十五にもなる高齢で、その奥さんも同じ年だ。


 レオナと俺が十六歳だと考えると身籠ったのが……。


 俺はレオナに憐みの視線を送り、手を合わせる。



「な、何よ……」


「あなたも苦労なさっておるのですね」


「全然理解できないんだけど」



 俺らのやり取りを見た村長は声を上げて笑い出し、



「相変わらず仲が良いのう。レオナも、そこらへんにしておいてやりなさい。この村を一時的にとはいえ救ってくれた英雄様なのじゃからな」


「はっ!? こんな変態ゴミムシ野郎が!?」


「おいレオナ! それは言い過ぎじゃないか!? 俺だって毎日逞しく生きてるんだよっ」



 舌を出し小馬鹿にしてくるレオナに思い切り睨みを効かせるが、返り討ちに合い敢え無く撃沈。


 絶対あいつは女じゃない。普通の女は睨むだけで人を殺せそうな目つきは出来ないぞ!!


 俺は村長に助けを求める様に潤んだ瞳を向ける。



「ほっほっほ、其処までにしておきなさい。今は時間がもったいないのじゃからのう」



 そう言う村長は自らの顎髭を撫でながら俺をもう一度見やり、



「ファージよ、お前さん魔王殿の婿になりたいのじゃな?」



 今までにないその真剣な視線に、俺はふざけることも出来ず、素直に肯いた。






「ぬおおおおお!!」


「まだ腰が甘いわっ!」


「あひんっ!!」



 俺の尻に本日何度目か分からない杖が、撓りを駆使して凄まじい攻撃を放ってくる。


 現在俺は村長と村一番の腕っぷし、ロワさんと三人で村の外れにて特訓を行っている。


 あの後、村長は魔王に相応しい人になりたいのであれば強くなれ、と言い出した。

 俺の考えと一致していた為に直ぐ承諾し、次の日から始まったのだが……。



「この軟弱者目がっ!! そんな腰つきで魔王殿の婿になろうなんざ、二百年早いわっ!」


「はふんっ!!」


「お、おい爺さん、こいついけない扉を……」


「黙れロワッ! 婆さんはこれしきの事、常にウェルカムじゃったのじゃぞっ!!」


「とんでもねぇ性癖暴露してんじゃねぇよっ!!」



 ロワさん大正解。この爺、夜な夜な変な声が聞こえると思ってたら、婆さんとこんなことしてたのかよ……。

 も、もしかしてレオナが俺に当たりがきついのはこの影響……?


 知ってはいけない事実に勘付いてしまった俺の腰は更にガクガクと震え、


 バシイイイイイイッ!!



「うほんっ!!」



 やべ、何かに目覚めそう……。






「仕方ない、今日はここまでじゃ。自宅に帰っても自主訓練を続けるようにっ!」



 そう言って村長は村の中へと消えていく。

 既に日は落ちており、夜の帳が顔を見せている。



「……」


「だ、大丈夫か……?」



 ぴくぴくと痙攣し、地面にうつ伏せになる俺に優しく声を掛けてくれるロワさん。


 この人は一見ガタイが良く、常にパツパツの衣服に身を包み、剃り上げてある頭皮には魔獣から受けた傷がある為怖いと言われがちだが、この様に根は優しく頼りになる人なのだ。


 自宅の裏庭に沢山のお花を育てている程、心の綺麗な人だ。

 決して菊が好きな人ではない。……。


 俺は震える腕を左腕を上げ、大丈夫だと合図を送る。



「お、おう……そうか。じゃあ周りが見える内に帰って来いよ!!」



 そう告げてロワさんも帰っていく。


 俺は一人、冷たい土に顔を埋め、今日行った訓練の内容を思い浮かべる。


 ――体幹トレーニング。


 やり方としては、うつ伏せになり地に肘をつけ、上体を反る様にして起こし顔を前に向ける。それから爪先を立て、肘と爪先に体重を掛けながら身体を浮かせる。

 最も一般的なもので、地味にしんどいやつだ。


 基礎筋力については、毎日の畑作業でみっちりと付いているが、村長が言うにはまだまだだと。

 その結果、最も重要だという体幹を鍛える事から始まったのだ。


 しかし、それにしても――



「この体勢で早朝から夕暮れまで維持って……無理でしょ」



 俺は魂が抜けたようにその場で就寝に着いた。


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