第2話対面



 えんやこらさ、どっこいしょっと。


 俺の毎日はこうだ。

 畑に始まり畑に終わる。ふっ、しがない只の農民さっ!


 …………。


 冗談はさておき、俺の名前はファージ。このランタコ村で畑仕事に精を出す十六歳。


 容姿はもう、普通。普通。普通。

 あ、ただ髪色が黒だったわ。周りがカラフルだから、これだけが違和感大ありかな。


 そんな、髪以外全く持って普通の俺であるが、畑に賭ける魂は本物よっ!


 村一番の肥料に、村一番の水、村一番の土に、村一番の――



「俺が村一番じゃあああぼけええええええいっ!!!」


「じゃかあああしんじゃぼけえええええ!!!」


「あ、はい」



 とまぁ、それくらい力を入れていると思って頂けるのなら幸いです。


 俺は空いていた窓を、隣さんに謝ってからそっと閉じ、溜息を吐く。



「畑に精を出してるって言ってもなぁ……」



 何も実らないのでは仕方がない。


 ちょっと待てよ、ここで実らないってのは、俺のせいじゃないからな!俺はしっかり! ちゃんと! 真面目に! やってるんですぅぅ。…………。


 一人で阿保みたいなことは止めにしよう……。


 しかし、畑が死んでいるのは本当であり、これは俺の所に限らずこの村全ての畑が同じ状況に陥っているのだ。


 子供が描いた絵を想像して思い浮かべて欲しいのだが、つい二週間前の事である。


 俺達がいつもの様に畑を耕していた時、空から一筋の光が流れてきたのだ。

 真紫に光るそれは、凄い速さで流れて行き、ある程度まで行くとスッと消えてしまった。


 その時は、あぁ珍しい事もあるもんだなぁ、なんて思いながら普通に仕事を終えた。


 だがしかし、問題が発生したのはその翌日。

 俺達の子でもある存在の土に異変が起きたのだっ!



「な、なんでいこれはああああ!!!」



 そんな隣さんの声に叩き起こされた俺は、文句でも行ってやろうと外に出た。

 


「うるせえぞ馬鹿垂れ!! 今何時やと――」


「黙れファージッッ! これを見ろやい!」


「ん…………? な、なんじゃこりゃあああああ!!!」



 俺達の手塩を掛けた、愛娘と呼んでも過言じゃないそれは――



『干からびとるううううううう!!!!』



 面影も無く、ひび割れたぱさぱさの土へと還っていたのだった……。





「と、いう事で俺は無事無職になったとさっ!! めでたしめでたしって、これっぽっちもめでたくないんだけどおおおおお!! 収入ゼロなんですけどっ!!」


 もう嫌だよ俺はっ!!


 もう何日も風呂に入っていない汚れた頭を掻き毟り、冷たい木造の床を転げまわる。


 あぁ、神は……神は居られぬのか…………。

 そんな悲愴地味た声を上げようとも、何の意味もないわけで。

そのまま仰向けになり、ぽけーっと天井を見つめていると、突然家のぼろい扉が引っかかりながら開く音がした。


 何事?


 俺はむくりと上体を起こし、未だ開くのに悪戦苦闘している人物を見つめる。



「このっ、どんだけ立て付け悪いのよっ!」


「あのぉ、こんなとこで何をしておられるのですか?」


「はあ?! 何初対面の人みたいな話し方してんのよっ! さっさと来なさい!」


「ひいぃ!! お助けぇぇ……」


「もぅ、女々しいったらありゃしないわ」



 その人物――レオナは、自身の結った二つの髪を鬱陶しそうに払いのけ、けしからん程に育った双丘の下へと腕を組む。


 こいつは俺の幼馴染であり、この村の村長の娘だ。

 勝気で面倒見がよく、村中の人から愛される存在。


 そんな性格だからこそ、こんな平々凡々な俺でさえも放っておけないらしい。



「仕方ねぇな。どっこらしょっとい」


「爺臭いわねぇ……もう少しシャキッとしなさいっ!」


「いでっ!」



 身体中の骨が粉砕したのではないかと思う程の衝撃が背中に走り、玄関先で蹲る。



「情けないわね! ほら、立って」



 レオナに腕を掴まれ、無理やり立たされる俺。気分は宛ら、



「もう無理だあああ!! 奴隷は嫌なんだあああ痛っ!」


「何回言わせたら気が済むのよ」


「あぃ……」



 これもこの村の日常であり、この村の名物でもあるのだった。



 その後、レオナに臭いと指摘された俺は、涙を流しながら村長宅で風呂を貸してもらい、俺の畑へと向かった。



「あんた、この先どうするの? 皆言ってるわよ、もうここの土地はお終いだって」



 心配そうに眉間に皺を寄せるレオナに、俺は何とも言えず。



「んー…………どうにかなるでしょ!」


「はぁ、あんたに聞いた私が馬鹿だったわ」



 深い溜息と同時に額に手を当てるレオナ。


 俺だって別に何も考えていない訳じゃない。

 最悪、王都に行けば冒険者に成れる。依頼による報酬は破格だと聞いているが、その分死と隣り合わせの生活を送らなければいけなくなる。


 これに関して、俺は別に嫌だとは思わない。元々いつ死ぬか分からないような状況だ。

 

 最近盛んに人間の国を襲う魔族達。その力絶大であり、今までに大小幾つもの国が滅んだ。

 現在もお隣の帝国が被害にあっているようだし、恐らくこちらもそろそろだろう。


 そういうことを考えると、冒険者になって各地を放浪したほうが安全だ。

 しかし、幾ら俺でも、



「この村の連中放っていけないよなぁ」


「何の話?」


「何でもねぇよ」


 まぁ、これに関しはその時が来てからでいいか。


 そう俺は状況を楽観視し、歩きなれた砂利道を歩いて行く。


 

 ――まさかそれが、もうそこまで迫っているなんて知る由も無く。




 それが訪れたのは、あの後すぐの事だった。


 畑に着いた俺達二人は、いつもの様に鍬を片手に土を耕そうを懸命に励んでいた。

 しかし、乾燥しきった死んだ土だ。何をどうしても生き返ることはない。


 逆に、日当たりとかの関係で水気の飛ばない土ならば、廃棄する野菜とかをそこら中にばらまいたりしたら、何とかなるのだが……。


 俺は本日何度目か分からない溜息を吐き、土の上に腰を下ろした。



「なーにやってんのよ。人を使っといて自分は休もうなんて、いい度胸ね」


「いや、それは悪いなと思うけど、別に俺のとこばっか手伝わなくてもいいのだぜ?」


「べっ別にあんたの所だけ手伝ってるわけじゃないわよ!!」


「その割には他の畑で見ないけど……」


「き、気のせいよっ!」



 鍬を肩に備えた少女は紅潮した顔を隠すように明日の方向を向く。


 しっかしまぁ、本当に無意味な事ばかり続くな。

 こうも効果が無いと流石に……。


 ――その時



「私は魔王ナキア!! 貴様らの土を死に至らしめたのは私だ!! 野垂れ死にたくなければ投降せよ! 少しでも拒否する動きが見え次第、即焼き払われると思え!!」



 と村の方から声が聞こえてきた。


 突然の出来事に俺とレオナは顔も見合わせる。

 徐々に血の気が引いていく音が聞こえ、レオナも顔面蒼白になっていく。



「う、嘘よね……?」


「何かの冗談だろ。だってよ、まだ帝国は落とされてねぇじゃねぇか!」


 苛立ちの隠せない俺は勢いよく立ち上がり、レオナを連れて村へと急ぐ。


 距離はそう遠くない。

 少し走るだけで村の入り口が見えてきた。


 其処には何か背の高い影と、恐らく村人であろう集団の影を視界に捉えることが出来、先程の声が嘘では無かったのだと思い知らされる。


 これはやばいぞ。今さっき思ってたことが現実に起こるなんて……。

 もう少しゆっくりしてても良かったんだけど!?


 そうこうしている内に村に到着し、俺とレオナは乱れる呼吸を無理やり抑え込む。


 俺達の足音に反応したのか、漆黒の毛艶で四足歩行の魔獣に跨ったそいつが振り返る。



「ん? この村の住人か、先程の声明は聞こえたか?」


「…………」


「は、はぃ」



 俺はそいつを見て絶句し、レオナが恭しく頭を下げる。

 

 待てよおい。待て待て待て待て。

 何だよこの人…………何でこんなに美人なんだよっ!!


 振り返る時に靡いた艶やか銀色の長髪、鎧から時折見える肌は褐色に染まっており、鎧越しでもスタイルが良いのが分かる。


 そして、その声と美貌。


 切れ長の目から覗く黄金の瞳に心を奪われそうになり、思わず息が漏れる。



「なんだ貴様、私の顔に何かついているのか?」



 そう言ってペタペタと顔を触り出す。


 ――――可愛すぎかよっっ!!


 魔王という肩書と、その行動のギャップに俺の精神力は凄まじい勢いで削られていく。

 これは反則じゃね? 反則ですよね? 


 可愛すぎて直視出来ねぇじゃねーかよ!!



「い、いえ。ついてるわけでは無くてですね……」



 俺は下を向き緊張を和らげる為に手遊びを開始する。

 隣で察したレオナがゴミを見る様な視線を送ってくるが、この際知ったこっちゃねぇ!!

 

 これが俺の恋愛バージンだ!! 誰にも邪魔させんぞ!!



「紛らわしい奴だな。まぁ、良い。貴様さもそこの――」


「魔王様っ!!」


「ひゃいっ!! ……こほん、何だ?」



 どれだけ俺を痛めつければ気が済むんですか貴方は……。


 俺は破裂しそうな左胸を右手で握りしめ、ゆっくりと膝を下ろす。

 徐々に体を折り曲げて行き、土下座の体勢っ!!


 それを見た村長が何を勘違いしたのか、



「どっどうか若い者だけは!! 若いのだけはご勘弁をっ!!」



 泣ける話だが、そんなことどうでもよい!!

 俺は困惑の視線を送ってくる魔王に向かい、人生で最も土下座を披露。

 そして――



「ひぃっ、一目惚れしましたぁっ! 俺と結婚してくだせええええ!!」




 蹄で蹴られた。



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