第六話




草木も眠る丑三つ時。翌日に備えて多くの者が眠りに着き、町が静まり返る時間帯。


乙女らしくもなく派手に乱れたグリムロの寝相に、あれだけ寝たというのにどこからその眠気が来るのか、と言うほど熟睡しているベル。そして最も普通に寝ているフェルト。そんな混沌とした部屋で、唯一アメルダの布団だけがもぬけの殻となっていた。


彼女がいるのは、宿屋の外にある静まり返った路地裏だ。普段ならば不良やら浮浪者やら、はたまたスラム民で溢れかえっているところだが、流石に人の居ないこの時間帯になるとそうそう来る事はない。



『……それで、協力は取り付けたのですか?』


「ええ、滞りなく。彼の実力であれば、この先の任務において活躍は間違い無いでしょう」



アメルダは手の中の板に向かって何かを話しかけており、それに返事をするように板からも女性の声が響いている。聞く者を蕩けさせる様な妖艶な声に、しかしアメルダは真剣な顔で応対する。


術式《《遠隔通信アフェクトコール》。同じ術式を詠唱セットした物同士ならば、遠隔地に居たとしても会話が出来るという便利な術式だ。



『ふむ、まあ良いだろう。ある程度の現場判断を許したのは私だ。その……ナナシという者の危険性については、改めて忠告するまでもあるまいて』


「素性が知れない事に関しては確かに危険でしょう。ですが、それ以上にメリットも大きい」


『ああ、怪力自慢のお仲間とお前を二人相手取って、不意打ちとはいえ圧倒したんだって? 中々面白いじゃないか。背後関係が真っ白なら、今すぐにでも私達の《組織》に勧誘したい所だよ』



くつくつと響く怪しげな笑い声。そんな相手の面白がるような感情を読み取ったのか、アメルダは付き合いきれないとため息をつく。



「人材中毒フリークもほどほどにして下さい。今はそんなことをしている暇は無いんですから」


『だがな、聞くところによると素性不明に謎のスキル、その上黒髪の《忌み子》と来た。これに興味を示すな、という方が無理という話だろう?』


「……まあ確かに、黒髪の子は幼い内に殺される事例の方が多いですからね。そんな中であれだけの実力を持ち、こうして目の前にいるというのは貴重な事かもしれません」



 この世界において、黒髪というのは忌み子の象徴とされている。髪の色というのは、どれだけ精霊に愛されているかという一種の指標なのだ。


 『火のアグニ』『水のキルラ』『風のウィンダム』『土のカザリ』


 主となる神の他にこの世界には四体の精霊が存在し、各々の属性を管轄していると信じられており、そして生まれてくる子供には彼らから祝福が与えられ、それにより魔法が扱えるようになると考えられているのだ。


 そしてその影響が色濃く表れるのが髪色だ。火なら赤、水なら青、風なら緑、土なら茶とそれぞれ分かれており、そのいくつかが混ざった髪色が生まれてくるというのも珍しくはない。だが、中には例外も存在する。それが銀髪、そして黒髪だ。


 銀髪は神の恩寵を直に受けた神童とされており、大抵の場合あらゆる分野において才能を発揮する。物語や童話に出てくる英雄も総じて銀髪であり、まさにこの世界では才能の象徴と言っても過言ではないのだ。


 一方、黒髪についてはそういった記述はない。どの精霊からも愛されず、神からも見捨てられた存在。その為『忌み子』や同じく神から見捨てられた存在として『魔獣の子』と呼ばれる事も多く、何をした訳でもないのに迫害を受け、殺される事もある。


無論、国がそういった不当な殺害を見逃す訳がない。そうなった場合殺害を主導した者は当然の如く処刑の憂き目に遭うが、それでも世論から迫害の風潮が消えないのも事実だ。そういった黒髪の子らが、大抵の場合魔法を扱えないという事もその風潮に拍車を掛けている。


ナナシを見ていればわかる事だが、黒髪だからといって何か特殊な害をもたらすという事はない。だが、それでも町の人々から受ける視線は冷たかった。それなりの信頼を得ているアメルダ達が同行していたから何事も起きなかったものの、彼一人ならそもそも受け入れられていたかどうか……。



『まあ、むしろそれだけの力がなければ生き残れなかったということかも知れないな。黒髪が殺害される事件は私もいくつか見てきたが、大抵は胸糞の悪くなる物ばかりだったよ。全く、人間というものの気が知れん』


「……本当に、気が滅入る話ですよ。彼の記憶が無かったのは、もしかしたら防衛反応の一種なのかも知れませんね」


『ククッ、記憶なぞ無かろうとどうにでもなる。寧ろ無い方が都合が良いというもの、早速そいつを我が組織に勧誘して……』


「局長、お戯れもいい加減に。貴方のやることは毎回度を越しています。だからこそ、局長という動き辛い職に据えられたのでしょう」



局長、と呼ばれた女性は再びくつくつとした笑い声を上げる。どうやらこれが彼女の笑い方の様だ。特徴的で、どこか人の間に触る笑い声。



『戯れているのはお前だろう――やけに奴の勧誘を阻止しようとするな。情でも湧いたか?』


「っ……」



 図星を付かれたのか、思わず言い淀むアメルダ。そんな彼女の動揺を察したのか、局長と呼ばれた女性はフンと鼻を鳴らす。



『下らん。実に下らん。貴様の事情はある程度把握しているが、今回のは一等下らん。実利もなく、名誉もない。何一つ得をもたらさない判断だ』


「お言葉ですが、彼は民間人です。巻き込もうとしないようにするのは当然の判断で――」


『矛盾しているな。ならば奴にはかかわらず、街に入る前に関係を切るのが最善だったはずだ。それをしないということは、貴様が奴を気にかけていることに他ならない』


「……ですが……」


『もういい。今の貴様と話していると虫唾が走るよ。此度の件、過去の因縁を晴らそうとも情に訴えようとも貴様の自由だ。だが――記憶に足を引っ張られるようならば容赦はしない。その時はこの私手ずから、貴様ごと全てを処分してくれる』



 そう言い残し、それきり途絶えた女性の声。アメルダはため息をつき、やりきれない感情を背負ったまま空を見上げる。


 彼女の言葉は、一語一句違わずアメルダの心へと突き刺さっていた。思い返してみれば、自身の感情と行動が一致していなかったのも事実。その食い違いを無理やり理屈で押しとどめ、納得していた気になっていただけだ。



「……そろそろ部屋に戻らなきゃね」



 手の中の板をポーチに収納し、宿の中へと戻るアメルダ。そんな彼女を見つめていたのは、星々以外に存在しなかった。

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