第二話




「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「っ!」



雄叫びを上げながら、超巨大なバスターソードを両手で振るう女性に、それを手に持った直剣で辛うじて受け流していく男。まるで自身の手足のように巨大な剣を扱う彼女もさる事ながら、その一撃を薄皮一枚とは言え躱していく男も只者ではない。


彼女こそ残る一人のパーティーメンバー、グリムロであり、火力及び壁役を務める赤髪の女性である。爛々と輝く吊り目に、メリハリのついたプロポーション。しかしその女性的な体つきの何処から出るのか、その腕力は比喩抜きで岩をも砕き、立ち塞がる者全てを粉砕する。


その実力故最近ではまともに相手出来る者も居なくなってしまったが、驚くべきことに事ここに至って彼女と張り合える様な相手が出てきた。初めは盗賊退治などつまらないと考えていたが、この様な敵がいるのならば足を運んだ甲斐もある、とグリムロは歓喜の笑みを顔に浮かべる。


だが、グリムロは常に純粋な笑みを浮かべているのに対し、男は至って無表情。戦闘を作業と割り切るか、娯楽として楽しむかという大きな隔たりが両者の間には横たわっていた。


こんなやり取りが幾度も交わされており、辺りの木々や地面は切り傷や刀傷で滅茶苦茶に荒らされている。中には半ばから圧し折られている巨木もあり、いかにこの戦闘が激しいかを物語っていた。勿論、木をへし折ったのが誰かは語るまでもあるまい。


脳天から唐竹割りにしようと振り下ろされる大剣を躱すというのは容易な事では無い。何度も剣戟を受け止めた一山いくらの直剣は既に刃こぼれを起こしており、『剣』と言うよりは『鉄塊』とでも表現した方が良いような状況となっている。



「なかなか付いてくるね! キミ、良いセンスしてるよ! でもこれならどうかなっ!?」


「っ!!」



裂帛の気合を全身に浴びながらも、身を捻って突き出される大剣を躱す。チリ、と僅かに刃先が男の頰を削り、珠のような血液が一滴飛んだ。


だが、男は避けた。致命傷を追うこともなく一撃を回避した。それが重要だ。強大な質量、そして腕力から繰り出される突きというのは、それだけで脅威となるとは言え、躱されればそれで終わりの隙の多いハイリスクハイリターンな技。彼女が凡愚ならば傷一つ負っていない相手の剣をまともに受けてしまいジ・エンドである。


ここを僅かな好機と見た男は、鉄塊と化した直剣を足元から勢いよく振り上げる。描く剣閃は彼女の胸元へ。斬る事こそ不可能だが、いかに刃毀れしていようとその威力は人を昏倒させるには十分である。


だが、グリムロにとっては幸運なことに、男にとっては不運なことに彼女は戦闘の天才だった。そして、咄嗟の判断として頭に浮かんだ案を実行するだけの力が十二分に蓄えられていた。



「っ! はぁぁぁぁぁぁぁ!!」



体の重心を踏み出した右足から、後ろに引いている左足へ。前へひたすら突き進もうとするベクトルを強引に変更し、一気に右側へと持っていく。


『突き』から『薙ぎ払い』へ。理論だけなら可能でも、実際には不可能とも言えるこの移行を、しかしグリムロはやってのけた。まったく予想だに出来ない軌道から、凶悪に光る白銀の刃が男へと迫る。


だが、それすらも彼は反応してのける。斬り上げようとしていた軌道を修正し、刃の迫り来る体の右側へ剣を構えた。


刹那、轟音。



「ガッ……!!」



馬車同士が最高速で衝突したかのような衝撃が男の身を襲う。いかに戦闘センスがあるとはいえ、あくまで彼は人の身。素手で岩をも砕くグリムロの膂力の前には耐え切れず、腰を据えて踏ん張るも敢え無く吹き飛ばされ、そのまま木々へと思い切り叩きつけられる。


同時に何かが割れる甲高い音が森に響き渡る。散々刃こぼれを起こしていた直剣が、遂に致命的な一撃を受けて真っ二つに叩き折れたのだ。だが、幸運な事に剣が最後まで使命を果たしてくれたお陰で、男の体までは真っ二つにならずに済んだ。


くぐもった唸りを上げ、男は木の根元へと倒れ込む。打ち所が悪かったのか、彼はそのまま身じろぎ一つしなくなった。











「はぁ……はぁ……あー、ひっさしぶりにこんな疲れたよぉ」



男がぴくりとも動かなくなった所を見て、漸く構えを解くグリムロ。余程疲れたのか、地面にバスターソードを突き刺し、それを背もたれに寄りかかる。


ここの所、彼女は得体の知れない欲求不満に陥っていた。やがてそれが子供の頃から抱いていた欲求ーー戦闘欲求から来る物だと気付くにはそう長い時間を必要としなかった。


だが、それに気付いてからが長かった。いくら高難度の任務を受けようとも、待ち受けているのは大抵理性の無い獣の類。戦ったとしてもただの殴り合いにならざるを得ず、この渇きを癒す程の熱は得られない。ならばと考え並いる強者に戦いを仕掛けても、殺し合いと言うほどの緊張感は得られない。


だが、この戦いは特別だった。刺しつ刺されつのやり取りと、気を抜けば斬られるという緊張感。やや相手方からのアプローチは少なかった気もするが、彼女からしてみれば十分な具合であった。



「……それで、漸く満足した?」


「あ、アメルダ! いやー、こんなに強い敵は久しぶりだね! ボクも大満足だよ」



ひらひらと手を振るグリムロの能天気さに、アメルダは思わず頭を抱えた。持ち場を離れた事を謝るどころか、悪びれる様子すら一片も感じられない。この無神経さこそが彼女の美点でもあり、欠点でもある。



「あ、じゃ無いわよ。何か私に謝らなきゃいけない事があるんじゃ無いの?」


「んー……?」



暫し思考を挟んだのち、漸く思い出したとばかりに手を打ち鳴らす。



「ああ! もしかして宿屋にいるときアメルダの分のドーナツ食べちゃった事かな? いやーごめん、お腹が減ってて目の前にあったからつい、ね?」


「違うわよ! 勝手に持ち場を離れたことに私は怒ってるのよ! というかドーナツ無いなーって思って今朝探したけど犯人あんただったのね!」


「い、いふぁい! ほほはやめへほほは!(い、痛い! 頬はやめて頬は!)」



舌をちらりと出して頭をコツンと叩くグリムロ。異性に対してであれば効果的な仕草かも知れないが、生憎この場にいるのは勝手知ったる同僚の女性。グイグイと怒りを発散させる様にグリムロの頬を引っ張る。いかに体を鍛えていようと、頬まで鍛えられているわけでは無い。それなりに彼女へダメージは通っているだろう。


暫くこねくり回し、漸く気が済んだアメルダが手を離すと、グリムロは痛む頬をさすりながら若干涙目で不平を呟く。



「いったいなぁ……少しの手加減も無いなんて、アメルダは鬼か悪魔だ」


「言ってなさい。このぐらいしないとろくに話を聞かない貴方が悪いのよ。さ、そこの男もふん縛ってさっさと帰るわよ。『拘束バインド』」



アメルダが手を向けると、男の両腕を魔法陣が囲む。次の瞬間には土塊が両手首を包み、彼が動けない様強固に拘束していた。


ただの土塊と侮るなかれ、押し固められた土というのはそれだけで十分な凶器にもなる。彼女の術を力尽くで突破するというのは容易なことでは無い。


男を運搬する為、アメルダが彼に近付く。だが、グリムロは見逃さなかった。男の指がピクリと僅かに動いたのを。



「それにしても、黒髪なんて久しぶりに見るわね……なんでこんなところに」


「危ない、離れて!」


「っ!?」



叫びに従い咄嗟に身を引くアメルダ。次の瞬間、彼女の頭が存在した所を男の足が薙ぐ。

目の前から感じる風圧。当たっていたらどうなっていたか、というのは想像もしたく無い光景だ。



「■■■■ーー」



男は両手が塞がれているとは思えない程の身のこなしで、次々と足技を繰り出して来る。蹴り、回し蹴り、後ろ回し蹴り。万全ならいざ知らず、奇襲を食らったアメルダにはゆっくりと戦略を編む時間もなく、目の前の攻撃に対応するたびジリジリと後方に追いやられていく。


ホルスターから武器を抜こうとしても、その度に蹴りが太腿の辺りを掠める。どうあっても武器を抜かせず、一方的に押し切るつもりの様だ。


このままでは不味いーーその思考が仇となったのか、アメルダの足捌きに僅かな焦りを生んでしまう。


焦りは失敗に繋がり、失敗は死を呼び寄せる。不幸な事に、先程までの大激闘で地面は荒れ放題となっており、アメルダは後ずさった足を大地の亀裂に引っ掛けてしまった。


ぐらりと崩れるバランス。慌ててたたらを踏む事で倒れる事は回避するも、目の前の脅威から逃れる事は出来ない。



「しまっーー!?」


「■■■■■ーー!!!」



人ならざる咆哮を上げ、高く足を振り上げる男。唖然とした表情で、アメルダはその軌道を呆然と見つめる。


だが、この場にいるのは男とアメルダだけではない。



「させないよ!!」



一瞬にして二人の間に割り込んで来たのは、大剣を盾の様に掲げたグリムロだ。衝撃に備える態勢を取りながら、男の攻撃を防ごうとする。


が、剣と踵が触れ合った瞬間、グリムロは予想だにしない程の衝撃を全身に受けた。先程までの戦いが嘘だったかの様な、圧倒的な程の力。先程とは全く逆の立場で、グリムロとアメルダは共に後方へ吹き飛ばされた。



「うひー、すっごい威力……!!」


「あいつの攻撃、まともに食らう訳には行かないわね……」



辛うじて受け身を取った二人が見たものは、真ん中からくの字に折れ曲がっているバスターソード。信じられない事だが、度重なる激戦にも耐えたグリムロの愛剣が、先程の一撃を受けただけで使い物にならなくなっているのである。


おまけに、防御力を上げる為グリムロが先程剣に密着させて支えていた右腕が、現在軽く悲鳴をあげている。詳しくは分からないが、感覚としてはヒビが入っているか。驚く事に男の一撃は防御すら超え、ダメージを与えてきたのである。こんな事、手強かった魔獣との戦いですら起きた事はなかった。


全滅、という最悪のシナリオが彼女らの頭をよぎる。だが、志半ばで倒れるというのは、彼女らにとって最も許容出来ないエンディングだ。



「こうなったら、出し惜しみなんてしてられ無い! グリムロ、スキルを使って行くわよ!」


「オーケー、派手に行こう……って、あれ? なんかアイツ、様子がおかしく無い?」


「■■■■■■■■ーーーー」



二人が決心を固めた所で、男の様子が急変する。先程まで圧倒的優勢を誇っていたはずの彼が、何故か突如として苦しみ出したのだ。


声にならない咆哮は変わらないが、それも何処か苦しげな呻きにも聞こえる。ひょっとしたら、何かの暴走かーー警戒を解く事なく、二人は男を凝視する。



「■■■■ーー■■あ■……」



だが、咆哮の勢いは徐々に弱まっていき、遂には限界が訪れたのか、男は意識を失い地面へと勢い良く倒れ込む。


暫く観察しても動き出さない事を確認したアメルダとグリムロは、警戒を解いて安堵の溜息を吐いた。

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