第一話




「ふう、これで最後かしら?」



赤銅の髪色をした女性が、真下に転がる男を睥睨しながら溜息をつく。男は両手を土塊の腕輪で拘束された挙句、意識も完全に失っており既に行動できる状態では無い。


女性は未だ銃口から硝煙が立ち昇る拳銃を一吹きすると、手の中で遊ばせながら太腿のホルスターに収める。実に余裕そうな立ち居振る舞いだが、そんな彼女の周りには死屍累々と人々が意識を失って倒れていた。


男に女、老いに若きと種別は様々だが、皆一様に武器を握っている。その事実が示しているのは、全員この女性へと立ち向かい、そして敗北したという事だ。最も、彼女には傷一つ付いておらず息も切れていない所を見るに、大した障害にはならなかった様だが。



「終わったみたいですねアメルダさん。どうやら、彼らでは敵にもならなかった様ですが」


「そんな事ないわよ。身体中煙臭いし、もうクタクタ。そう言うフェルトこそ、随分と余裕そうじゃない?」



シスター服を着た少女ーーフェルトが拳銃を握っていた女性ーーアメルダへと話し掛ける。クスクスと笑っているが、そんな少女の背後には鋼の糸で簀巻きにされた者たちが何人も転がっている。どちらも只者とは言えないレベルの腕前だ。


周囲には焼け焦げて炭と化した櫓、そして煙の上がる洞窟。これらは全て、彼女達が引き起こした物である。この洞窟に潜んでいる盗賊達の殲滅、それが今回の任務であった。

命こそ取っていないが、風景は正に文字通りの殲滅。そんな中でも余裕気な会話を交わしている様は、如実に彼女らの実力の高さを示していると言えるだろう。



「貴方は不意を打ち続ければ気づかれる事なく事を終えられるから便利よね。私は一発食らわせないと話にならないもの」


「ふふ、開幕の号砲としては助かっていますわよ? 後、私が気付かれない為の囮役……とか」


「囮なら私よりもグリムロの方が向いてるでしょうに。全く、遊撃に出ると言ったまま帰ってこないなんて一体何してるのよ? ベルも事は終わったって言うのに引っ込んだまま出てこないし」



ぶつくさと頰を膨らませ不満を露わにするアメルダ。どうやら彼女の口にした二名の女性が未だ顔を見せない事に怒っているようだ。


と、そうしてリラックスしている彼女らの背後で何者かがゆっくりと立ち上がる。


傷だらけの体でどうにか弓を持つと、矢をつがえてアメルダの頭に照準を合わせる。ややブレるが仕方がない。せめて文字通り、一矢でも報いなければーーという意志のみが彼を突き動かしていた。


ギリギリと音が出そうなほど引き絞られる弓の弦。この一撃が狙い通り当たれば絶命は必至。それでなくても重傷を負わせる事は可能だろう。僅かな希望を掛けて、男はその一矢を放とうとする。


だが、残念ながら彼と彼女らとでは格が違い過ぎた。


背後の殺気に気づけないのであれば、盗賊達を少人数で潰す事など出来やしない。アメルダはホルスターから素早く銃を抜き、フェルトは指を動かして辺りの鋼糸を操作するーー。



「……もうベル。居るなら居るって返事しなさいよ。流石にちょっとびっくりしたじゃない」


「あら、流石はベルさんですね。相変わらずの腕前です」


ーーだが、彼女らが攻撃を加えようとする頃には、既に男は動かなくなっていた。いや、動けなくなっていたの方が正しいか。


全身を硬い氷で覆われ、指一本どころか瞼一つすら動かす事が出来なくなっている。人一人を氷で包み込むなどと言う所業が出来るほど腕前の良い魔術師を、彼女らは一人しか知らない。


虚空から唐突に少女が現れる。輝く銀髪と、眠たげに開かれたその瞳が非常に印象的だ。大欠伸を一つかますと、少女は目の端に涙を溜めながら小さい声で話し始めた。



「……話すの面倒くさい」


「ふう、実に貴方らしい理由と言うか。でも助かったわ、あのままだったら私もちょっと危なかったかもしれないし」


「アメルダさんが……危なかった? ふふ、面白い冗談ですわね」


「フェルト?」


「あらあら怖い顔」



フェルトは仮にも聖職者だが、時たま人を揶揄うのは彼女の悪癖だ。人間らしいとも言えるが、そういう点で人間らしさを出すのもどうなのだろうかとアメルダは考えている。


その点翻ってみると、他の二人は実に欲求に沿った生き方をしている。まともな感性をしているのは私だけかと内心でぼやくアメルダだったが、一人で大勢を相手に出来る時点でまともとは言い難いという事実には気付いていない。



「はぁ、まあいいわ。ベル、グリムロは一緒じゃないの?」


「……強敵の匂いがするとか言ってどっか行った」


「あいつ……」



身勝手が過ぎる仲間の行動に、思わず頭を抱えてしまうアメルダ。遊撃を頼んだというのに、その仕事をほっぽり出して何処かへ行ってしまうというのはいくらなんでも目に余る。


取り敢えず何をするにしてもグリムロを探す事が専決だ。幸いにして盗賊達は全員捕らえており、当分逃げる様子は無いだろう。念の為フェルトとベルを監視に置いておけば、警護はより盤石となる。


周囲は森に囲まれており、少々探し辛いがそれもベルに頼めばどうにかなる。アメルダは今にも寝そうにフラフラとしている彼女の頰を軽く叩き、強引に意識を向けさせる。



「……むう、暴力反対」


「せめてもう一仕事終えてから寝なさい。グリムロの居場所を探索サーチして欲しいのよ」


「……『反響エコー』」



やや不満気な顔をしながらも要望に応え、呪文を発動させるベル。掲げた杖の宝玉から魔法陣が展開され、次の瞬間一気に光の輪が四方へと広がっていく。



「……南西方向二百メートルで戦闘中の人影。もう寝る」



少しの待機時間ラグを経て、ベルはポツリと呟く。その言葉を最後にして、力を使い切ったかのように地面へと倒れ込んだ。


勿論、本当に力を使い切ったわけでは無い。ただ寝ただけである。始めの頃は戸惑ったアメルダ達も、長い付き合いを経てすっかり慣れ切ってしまった。今や倒れこむ彼女の頭部にクッションを添えてやる事しかしていない。非情という無かれ、仕方のない事だ。



「じゃあ、私はグリムロの阿呆を迎えに行ってくるからフェルトは監視よろしくね」


「ええ、行ってらっしゃいませ」

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