光の日々を求めて
初柴シュリ
プロローグ
神託の儀。
それは神から賜り物を授かる日であり、若者が大人へと昇華する記念すべき日である。
……なんてのは建前だと俺は思っているが。こんな祭りのような一日を過ごすだけで大人になれるならば世話はない。神託を受けても子供は子供であり、人間はやっぱり人間だ。
「よお無能! こんな日にも態々来るなんてご苦労なこったな!」
「どうせ神託も貰えねぇよ、諦めて帰れって!」
だから、こうやって俺の周りで囃し立ててくる奴らが変わることもないのだろう。この上ない程耳障りだが、諦めるしかない。奴らに何か言って、その通りになった事など有りやしないのだから。
それに、事実俺は『無能』。精霊の恩寵が現れる筈の髪色も、一体どうやったらそうなるのかどこまでも深い黒に彩られている。その上魔法の一つも使えないとなれば、迫害の憂き目に遭うのは自明の理だったと言えるだろう。
「こら、だまらっしゃい! 神は平等じゃ。どんな者にも等しく神託は下る!」
目の前の老いた神官が、嗜めるように声を張り上げる。まあ、恐らく焼け石に水だろうが。むしろ奴らの囃し立てる声は一層大きくなった様にも感じる。
「ほれ、このプレートを持ちなさい。そうしたら祭壇の前で祈るように……」
そもそも、この神託という制度自体どうかしている。自分の人生を決めるような大切な瞬間が、こうして大衆の前に晒されるとかおかしいと思わないか? 役に立たないスキルを引いた場合、そいつがどんな目で見られるのか考えたことがないのだろうか。
憐れみならまだいい。ただ、思い切りバカにされる様な視線が向けられるのは……どうにも我慢ならない。
「ーー
この耳障りな老人の声もそうだ。この嗄れた声が罵声を飛ばす事以外役に立った所を見た事がない。子供が嫌いなのか、はたまた生来の気質なのか。どちらにせよ到底好ましい性格とは言えない。
「『其は天上の女神。因果を結び、天秤を司る世界の守り手よ。我等憐れな人の子にどうか答え給え』」
勿論、女神も怨嗟の対象だ。神がいるのなら、なぜこんな世界を作った? せめて作るのなら、こんな悪意ばかりが噴出する醜い存在ではなく、もっと何か美しい物を作れば良かったのに。
「『空の器に注ぎ給え。力を、技を、この世の理をーー』!」
詠唱も佳境に入り、老人の掲げた両手が一際大きく輝く。この光が消えれば、いよいよ俺にスキルが付与されるのだ。
ーーいい。期待などしない。どうせ俺は『無能』だ。良くてその辺に転がっているスキル、悪くて何も無し。お似合いなのはそんな所だろうか。
既に擦り切れた心には、神の恩寵など届かない。その身に燻るのはやり場の無い感情だけであり、他は何一つとして俺に身につくことはないのだから。
「ーーままならねぇなクソッタレ」
ポツリと呟かれた一言は、誰に聞かれることもなく虚空へと消えていく。
そして、光が溢れーー
「……ふむ、《きょうか》ですか。ありふれてはいますが、物を任意の状態まで強化する良いスキルです」
「ハハ、《強化》かよ! 『無能』がスキルを授かったぜ! クソ雑魚にも程があるけどな!」
「ああ本当! 魔物の息子でも立派にスキルは貰うんだな! 全く卑しい!」
ーーガリガリ、と何かが削られる音が体内に響く。
「今日は盛大に祝ってやらねぇとな! 後で俺たちのところにーー!」
ーー奴らの嘲笑も、罵声も、非難も聞こえない。段々世界が、俺から遠ざかっていく。
ガリガリ、ガリガリ、ガリガリガリガリ。喧しいったらありゃしない。
徐々に大きくなっていくその音は、やがて俺の聴力を完全に奪い尽くす。ああ、うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい
「あ、AhAhーー」
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい■■さいう■■い■■■■■■ーー!!
黙れ!!!!!
「■■■■ーー!!!!!!!!」
◆◇◆
ーーその少年の行く先を知る者は誰もいない。
ただ、一つだけ言えるのはその村が今はもう存在しないということ。
そして、荒廃した跡地には一つのステータスプレートだけが残されているということ。
そのプレートに書かれた文字はーー
『狂化』
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