第二十四話 天女伝説のはじまり。
『あれ? なんだろう?
音楽室から演奏と手拍子まで聞こえてきますよ?』
「ほんとだ。」
もうすぐ学校に着くって頃、雨はすっかり上がっていて、明かりのついた音楽室へと私だけふわっと飛んで行っった。
窓から覗くと、あの幻宗さんがニコニコして体を左右に小さくゆすってる。り、リズムとってるんだッ!
『おう、来たか。このスイソウ楽なるものは真に良きものよのう。』
幻宗さんの話によると、古谷さんが山の散策中に災害被害に遭ってしまった村の老人を装って、校長先生お願いしてこうしたんだとか。
完全に孤立してしまった学校に救助が来るまで、いたずらに不安がってても始まらないからって。明日に予定されてた新入生歓迎行事で演奏するため、練習で残っていた吹奏楽部の生徒達に頼んで、小さな演奏会を開いてもらっていたらしい。それも普通教室の二倍くらいの音楽室に、学校に残っていた生徒や先生達を集めて。
『この学舎(まなびや)に取り残された者達が各々散っておるより
幻宗さんが言い終わらないうちにポンと手を叩いちゃった。
『一か所にまとまったほうが死霊に襲われるリスクが減る!
そう古谷さんは考えたんですね?!』
『そのとおりじゃ!
なんじゃ、せわしない娘よと思うておったがお前もなかなか利発ではないか。』
褒められてちょっと照れマス。
『でも、古谷さん、すごいですね。
皆あんなに楽しそう。こんな明るい雰囲気って、死霊は嫌がるんですよね?』
『そうじゃ。
武闘派でないゆえ、死霊どもを寄せつけぬ手立てを考えたのじゃ。
あ奴は人の心を和ませ、同時にあのように人も動かす。
まぁ腹黒いだけかも知れぬがなぁ。』
『ひど~い。弟さんじゃないですかぁ!』
横目で見たら幻宗さんは大声で気持ちよく笑った。
『冗談じゃ。
よく気の回る弟がおると助かるわ!
それに、ホケンシツ……とやらを開けてもらってあるそうじゃ。
もう誰も行かぬから、そこで渡瀬殿を休ませてやってはくれまいか。』
『はい!
じゃあ私、雨守先生にそう伝えたら、渡瀬さんの着替えを取りに行きますね。』
『うむ。ところで……後代よ。』
『はい?』
『死んでおる者に妙な物言いだが、お主、生き生きしておるのう。
なんぞ、良きことでもあったか?』
優しいまなざしで尋ねる幻宗さんに、元気よく答えた。
『はい! とっても!!』
********************************
登校坂が崩れために校舎に取り残された皆は、そのあと深夜までに、派遣された防災ヘリが何度か往復して無事に救助された。
宮前先生は顔色も少し良くなっていてほっとした。渡瀬さんも宮前先生と一緒に、古谷さんがまたうまいこと言って、念のため村の診療所で診てもらえることに。でも二人とも、大事ないみたいで本当に良かったよ。
……あの守護霊の男の子。
あなたのおかげだよ。
あなたが私に、勇気もくれたんだと思う。
話もできなかったけど、あなたのことも、私は忘れない。
それからしばらく学校は休校になってしまった。登校坂が復旧しないと、みんな学校にいけないもんね。先生も、霊に関する問題はなくなったけど、しばらくこの学校で力になろうって思ったみたい。
……なんだけどぉ~。
登校坂が復旧して七日。
今日は美術の授業はない日だったけど、私もできるだけお手伝いして綺麗になった準備室で、先生はキャンバスに向かいながらぼやいた。
「多分いい方向に転がってるから心配ないんだろうけどさ。
やっぱり全ての原因って、縁にあるよなあ。」
『ですよね~。やっちゃいましたぁ。』
苦笑するしかない私。
あの日、渡瀬さんに着替えを用意しなきゃって、また先生のを着てもらおうと教員住宅に取りに行ったのね。私、モノに触れたり動かしたりできるようになって舞い上がってたんだと思う。
学校に戻るとき、つい先生の白いワイシャツを羽織って(だって着たかったんだもん)飛んできたんだけど……。
それを復旧作業に当たっていた大勢の人達に目撃されていたらしい。白くひらひら舞うシャツしか見えないから、大騒ぎになっちゃって。それに災害現場の生中継に来ていたテレビにもそれが流れてしまって。なんか、カメラにうっすら、私の陰というか輪郭も映っちゃったそうでぇ……。
私が幽霊だって言われるのは当然だし、それはいいんだけど……。目撃した人達からは校舎の裏山に私が降りたように見えたらしく、裏山に壊れた社があることを知っていた村のお年寄りが口々に「あそこは魔物がいると皆近づかなかったが、天女が降りてきた」「桜が倒れたので、代わりに村を守りに来てくださった」……とかなんとか。
だから壊れていた社を建て直そうという話はすぐにまとまって。
それで現地調査をしたらその地中から、かつての城主が残した埋蔵金が出てきちゃって、村はとんでもない騒ぎになっていた。「天女が村に恵をもたらしてくださった」だなんて。
取材やら野次馬も大勢集まって来て、この村の人口が二倍くらいになっちゃっていたの(古谷さんが方々手を回したそうで、そんな人達からもこの村にお金を落とさせてるとか。やっぱり腹黒いのかなぁw)。
今も窓の外を何やら大勢の人が行き来しているのでしたッ。
それを横目に、先生はまたため息をもらす。
「どうする、縁?
いっそのこと新しいお社で、皆から祀ってもらうか?」
『いやあ~。畏れ多くて、そういうわけにはぁ。』
苦笑するしかないですョ。
「だよなぁ。俺もやだもんな。」
『なぜ先生が困るんですか?』
すると先生は真っ赤になって小さく呟いた。
「……俺だけが話せる縁っていうのが……いいんじゃないか。」
きゃーッ!! 嬉しすぎて危うく昇天するとこだったよ!
「こーんにーちはッ!」
そこに渡瀬さんがひょこっと顔をだした。
何事もなかったかのようにすかさず姿勢を正す私!
先生はわざとらしく脇にあったコーヒーカップを手に取った。
埋蔵金が出てきたから、調査のために県教育委員会から埋蔵文化財課の職員が何人もこの学校を拠点として調査に来てるんだけど。そこにお手伝いだとかちゃっかりうまいこと言って、渡瀬さんったら一緒に来ているの。
「あーッ!
いいなぁ、縁ちゃん、肖像画描いてもらえて~。」
『あは、あはは♪
いいでしょう~。約束だったんです♪』
「いいなぁ、うらやましいなぁ~、私も描いて欲しいなぁ~、雨守クゥ~ン。」
「え~? どーしてさ。」
「だって、もう胸も半分見てくれたじゃない?」
勢いよくコーヒーを吹き出す先生。
『なんの話しですかッ!!』
「くれたとか言うなッ! あれはそんなんじゃッ!!」
渡瀬さんは真顔だった。
「せっかくならしっかり両方見てよ。
私、雨守クンの芸術活動のためなら……脱いでもいいもの。」
ちょっと恥じらうように声が小さくなったけどッ なったけどッ!!
『なにカーテン閉めてるんですかッ!
ちょっ! 上着脱ぎ始めないでくださいッ!!』
********************************
先生と私の事件簿は、時々渡瀬さん、幻宗さんと古谷さんも交えてまだまだ続くんだけど。
それはまた、いつか♪
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「なに言ってるんだ、縁。これが終わったら、次は裸婦だぞ?」
『ふえええッ!』
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