第十一話 守護霊①
先生、今度の学校では美術を受け持つんじゃないんだぁ~。
担当する教科を申し訳なさそうに伝える校長先生に、頷きながらも先生の目はうつろだった。
校長室をあとにして、先生はふらふらっと広いグラウンドに沿った石垣の上を進む。その隣をふわふわっと私も続く。
春休み中でも野球部とか陸上部とか、かなり大勢の生徒達が元気よくクラブ活動をしてる。ここは運動系のクラブ活動が盛んな学校みたい。
私は文化系クラブだったけど、グラウンドから聞こえる彼らの声も好きだったな。つい最近まで自分も学校にいたのに、なぜかしみじみ。
そんな私に、先生はぽろっと愚痴をこぼした。
「情報の授業なら、何度かやってるからまだいいんだがな。」
『体育も素敵じゃないですか!』
先生が走るとことか、ボールを追うとことか、見てみたいなッ。
一人わくわくしてる私に、先生は眠そうな目を向ける。
「『体育』と言っても俺が担当するのは座学、『保健体育』だよ。」
『なぁんだ、そうなんですかぁ。』
ん~、それはちょっと残念。
「なんだそうかって。あ~あ……性教育やるんだよな。」
そう言って先生はため息をついた。
『保健体育ですよ? 座学なら当たり前じゃないですか。』
私だって一年生の時に受けたし。
でも先生は明後日の方を向いちゃった。
もしかして照れて……あ!
先生も男性だから……かな?
『あの、先生?
なんだかいやらしく考えてませんか?
性教育って、別に性交渉だけ扱うわけじゃないんですよ?』
「ご、後代の口からストレートに性交渉だなんて……!」
急に顔を真っ赤にして目を見開き口をパクパクさせてるから、私まで恥ずかしくなっちゃったじゃないですかッ。
『先生! それセクハラですッ!!』
「あ、いや。ごめん。俺が悪かった。」
『もちろん性差を知るってこともあるけど、
心身の健康とか、家庭の築き方とか、
人が一緒に生きてく上で大切なことを学ぶ教科なんですよッ?!』
言いだした私が悪いの? ううん悪くないよぉッ!
怒って、というより恥ずかしいのをごまかすように思わず叫んじゃった。
でも、先生はうろたえる、というよりはむしろもう落ち着いていた。しっかり目を覚まして、あ、違う。いつものように私を見つめてくれてる。
「後代の言うことは正しいし、本来そうあるべきだと思う。」
そして急に苦虫を噛み潰したような顔になった。
「たださ。
色々知っちゃってると、なんだか空しいというか。
高校生ともなればとっくに知識もあれば、経験ある奴もいるだろう?
実際、あの学校でもさ……。」
あ。
確かに私の学校でも、そんな自分の経験を話しちゃってる子っていたもんなぁ。見えない私の前で、恥ずかし気もなく浮かれて、あるいはことの結果に動揺して……。六年の間にそんな場面に何度か出くわしちゃって私自身、すごくショックだったけど。
先生なら、そういう子が口にしていなかったとしても、もしかしたらその子の守護霊から察しちゃう、なんてこともあったのかも。
でも、私は改めて姿勢を正すと先生を正面から見つめ返した。
『雨守先生。
確かに中には進んだ子もいるけど、
それだって世間で言われてるより圧倒的少数ですよ?
大切なことは大切なことだと、
しっかり教えることが大事なんじゃないですか?』
「……そうだなぁ。生きてる奴には、そこしっかり教えないとな。」
真剣に答えてくれる先生に、そうですよ!って頷きながら、……私としては珍しく、自分が死んじゃってることが急に切なくなった。
モノに触れられるようになりたいって、先生に触れたいってそんな願いは大きくなってるけど。私、そこから先なんて、きっと進めっこない。
さっき「家庭の築き方」なんて偉そうに言っちゃったけど、私にできないことを、渡瀬(てんてき)さんならできるかも知れない。
ああッ!
先生を守っていくんだって決めたんじゃなかったの? 縁!!
沸き起こった嫌な考えを振り払っちゃおうと頭をぶんぶん振って目を開けたら、もう二人ともグラウンドの端まで来ていた。
気がつくと先生は、グラウンドに降りる石段の途中に座った一人の男子生徒をじっと見つめてる。なんとなくだけど、学生帽のかぶり方、学生服の着こなしというか着崩し方で新三年生かなって思った。先生はその子の隣まで石段を下りると、並ぶように腰を下ろしてグラウンドを見つめたまま話かけた。
「君、マネージャーかい?」
「ち、違いますよ。」
いきなり話しかけられたその子はそっぽを向いた。先生はしばらくの間、黙っていたけど、また話しかけた。
「死のうとしてるのか?」
急に何言いだすんですか、先生?!
「し、失礼しますッ!!」
彼は言葉は丁寧だったけど、怒鳴るようにそういい放ち、まるで逃げるように石段を駆け上がり、走り去ってしまった。
ええ~ッ、どうしよう?
私一人おろおろッ。
『先生ッ、霊の声が聞こえてここに来たんですよね?
なのに生きてる子にいきなりあんなこと言うなんて、酷くないですか?』
先生は静かに私を振り返った。
「あの男の子にはな。」
『にはって……え?
もしかして今、霊と話していたんですか?』
霊である私にも、霊は見えないもの。
「ああ。
俺を呼んだのは、あの子の……守護霊って言っていいのかな?」
『じゃあ、マネージャーって、その。』
「うん。女の子さ。」
『守護霊が先生を呼ぶなんてこと、あるんですか?』
だって私もあの老婆も、どっちも浮かばれない独りぼっちの霊だったもの。
「非常に珍しいケースだと思うよ。
通常の守護霊なら、誰かが生まれた時から憑いてるものだ。
だが、その女の子はここの生徒で、去年事故で死んでいる。」
『……死んでから、彼に憑いた?』
「うん。
幼馴染だったって。
彼のことが好きだったって。今も。」
え?
急に他人事には思えなくなっちゃった。
先生はグラウンドを睨みながら呟いた。
「彼を助けて欲しいそうだ。」
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