第十話 目的! 願望!!

もうだいたい縁ちゃん視点です********************


 一月下旬、某日。


 幸い雪の少ない年だったから、道も大丈夫だろうって。

 まだ暗い中を軽トラは山の奥へと進んだ。

 あの絵を荷台に載せて。


 先生は一人になって、ぼーっとしたい時によく訪れていたという渓谷に、

 私を連れて来てくれた。


 ギプスが外れたばかりの足で、開けた河原まで降りる。

 本当に、慣れてる道なんですね。


 そこで先生は、あの肖像画に火を点けた。

 ちりちりと青白い火の粉が、白みだした星空に舞い上がる。


 灰も残さずその絵は消えた。


「帰ろうか。」


『はい。』


「ありがとな、後代。」


『はい!』


**********************************


 二月某日。


 目の前の空のコーヒーカップをつかもうと、かれこれ五時間。

 ふんッ!

 ああ~ん、また空振り。カップはうんともすんとも動かない。


「もともと努力家だと思ってはいたが、

 何がお前をそんなに駆り立てているんだろうな?

 ちょっと殺気立ってるぞ。」


 テーブルの向かいに座る先生は、ちょっと呆れたように私を見ながら自分のカップでコーヒーを一口。


 ふッふッふッ!

 私には自分でキスをするっていう、壮大な目標ができたんだもん。

 でもそんなこと口にして言えるわけないじゃないですかッ!


『だって、私だって物を動かすことができれば!

 先生の役に立つことが、きっと増えるじゃないですか!!』


「そうか?

 でも、お前が危ない真似する必要はないからな。」


 きゃうううう~ん!

 私の下心も知らないで、先生、私の心配なんてしてくれるなんて。ごめんなさいでも嬉しいよ~う。


 なんとか照れ笑いだけしてごまかす私。


「でも、その特訓方法でいいのかな?」


『え? これじゃだめですか?』


「ダメってことはないと思うけどさ。

 後代を見てると俺が中坊ン時、スプーン曲げができるんじゃないかって

 手にしたスプーンをずっと睨んでた時のことを思い出してさ。」


『超能力、ですか?』


「そう、それ。

 ユリ・ゲラーって人がテレビの前にいる皆も一緒に、なんて言ってな。

 曲げられるのが当たり前だと思うといいとか……。

 まあ、邪念が入るからダメだったんだろうなぁ、俺は。」


『わ、私! 邪念なんてこれっぽちもないですよっ?!』


「なんだよ、いきなり。

 そうじゃなくてさ、ムキにならない方がいいんじゃないかってこと。」


『ムキになる? ……はッ!』


 しまった。だって心のどこかには、渡瀬(てんてき)さんの存在がいつもあるんだもん。実際に渡瀬さんが雨守先生にアタックでもしたら、私なんて敵わないかもだもん。

 ムキにもなるよ~ぅ。


 私の気持ちに気づきもしない先生は、コーヒーを飲み終えると、カップを静かに置いた。


「奥原を守護してる女の子ってさ。

 俺が初めてクレヨンで絵を描いて見せてやった時、

 ぱあっと目の色輝かせてクレヨンを手にしたんだ。」


『それはきっと嬉しかったんだと。』


「うん、きっとそうだよ。

 でも重要なのは、あの子はそこでクレヨンを持とうなんて

 全然意識していなかっただろうってことさ。」


『え? どういうことですか?』


「だからさ、自分も絵を描きたいって目的とか願望が先にあって、

 当たり前のようにクレヨンを持つということを実現させたんじゃないのかな?

 ほとんどしゃべらない子だったし、俺の憶測だから真実はわからないけどな。」


 はッ! そうか!!


『目的! 願望!! 先生ッ!!』


「どうした、突然?」


『じっとして、目をつぶってください!』


「ん? こうか?」


『はい。そのまま~……』


 こ、こんなにすぐチャンスが来るなんてッ。

 うううん、この機を逃す手はないはず!

 目をつぶって姿勢を正す先生の顔が近づく!

 近づく!

 もう少しッ!!

 と、とんがらせた唇が、もうちょっとで!!


 ぴりりりりりっ♪


 いきなり先生のスマホが鳴った!

 次の瞬間、私は先生から離れて壁にへばりついていたッ。

 し、死ぬかと思ったヨ。


「ん?

 後代、なんでそんなに離れてるんだ?

 そうか……なにか遠隔操作でもしたかったのか。」


 言いながら先生は、スマホ画面の表示を確かめもせず電話に出た。そして先方の声を聞くや、半分だけ開いたような目になって声のトーンが落ちた。


「なんだ。渡瀬さんか。」


 うわーん!!

 見えてもいないはずなのになんで邪魔するのよ~ッ!


*************************************


 電話の向こうで何やらわめいてる声が聞こえる。渡瀬(てんてき)さん、あんなに大きな声出すんだ。


「はい、聞いてます。」


《☆×〇〇ッ!》


「ああ、いいですよ、文書は後からで。」


《◇◆▽□ッ!!》


「だから来なくていいですって。」


《?ッ! $\$~ッ!!》


「じゃあ。」


 ぴっ!


 先生、そんなに無下に切らなくても……と思いつつも少し胸をなでおろす私。


『新しいお仕事ですか?』


 問いかけると、まだ半分閉じたような目のまま、ちょっとやる気なさげに先生は答える。


「うん、また霊の声が聞こえてる。

 だいたいいつも複数聞こえてきてるんだけどね。

 そのうちの一つだろうな。

 行ってみないことには詳しいことはわからないけどさ。」


『この時期だと新学期からですね?』


「うん。

 でも向こうの校長との面談は明日だって。

 早いとこ欠員埋めて新学期の準備に入りたいだろうからな。」


『どんな学校でしょうね~。』


 私の言葉には答えずに、先生は真面目な顔になって私の顔を覗きこんだ。


「後代、さっき俺が目をつぶってる時、俺の顔の前で手をかざしたか?」


 ひっ!

 ばれてた?!

 手をかざしたんじゃなく、顔を思い切り近づけてましたッ。言えないけどぉッ!


『あ、う、ああ、うん、はい。てっ手をひらひらあって。』


「あれだけ離れてか? なるほどな……。」


 良かった!

 ごッ、ごまかせたみたい。

 先生は何か考えこんでから顔を上げた。


「むしろ常識に囚われないほうがいいのかもな。」


『ど、どういうことですか?』


「普通だと自分が持てそうなモノの大きさ、重さ、

 そしてその距離を考えて『持つ』って行為に移るだろ?」


『ええ。大きすぎたり重すぎたりするものは持てっこないって思いますよ?』


 遠く離れたグランドピアノを動かす、なんて出来っこないもの。


「その思い込みとか常識も、お前には関係ないんじゃないかな?」


『え……。』


「だからこれからは特訓するんなら、常識を取っ払ってやってみないか?

 協力は惜しまないからな。」


『うわ、は、はい!』


 協力惜しまないって笑顔で言ってくれるのはすごく嬉しいけど……。困ったなぁ、なんだか先生の考えが発展しちゃってハードルが上がっちゃったよぅ。

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