第九話 腹のうち

渡瀬視点です*******************************


「よし! 一件成立。次ッ!!」


「流石、手際がいいですねぇ。渡瀬さん。

 新年度からの昇進が確定すると、気合が違いますね。」


「それって勝手に古谷課長が嵌めたんじゃないですか!

 それに急がないと新年度に間に合わないじゃないですか!!」


 一月半ばから二月いっぱいは「分室」が一番忙しくなる時期だもの。

 県下九十校近くの公立校と、二十校以上の私立校から集中して問い合わせが来るんだから。


 「本室」で人事異動の主だったところは進められているけれど、正規教員だけでは足りない分を、この「分室」で非常勤講師*、常勤講師*を割り当てるという作業が続いてる。


 雨守クンから「非常勤講師は将棋のコマ扱いか」なんて言われて、私もズキンとしたけれど……。

 でも正直言って感情込めずに淡々と進めないと、すべての学校にピッタンコになんて嵌められないわ。


 どうしても無理って場合は、ほんとに『臨時免許』を躊躇なく出している。こんなことでこの国の高等教育なんて支えてられるのかな? やっぱり不安になるわ。でもぼやいても仕方がないし目の前の仕事は解決しない。

 ああっ、そうこうしてるうちに、またどうしても合わないピースがッ!


「古谷課長!」


「なんでしょう?」


 常勤講師の割り当て(そっちは比較的、楽な方)を任せていた古谷課長がPCモニターから顔を上げる。


「この高校なんですが、どうしても登録講師では対応できないんです。

 先方は体育科で探しているのですが、もう一人もいないんですよ。

 対応できる非常勤講師が。」


 席を立って私のモニターを覗きこみ、顎をさする古谷課長。


「ふーむ。」


「これ、無理ですって言って、

 そこの教頭に『臨時免許』を出せばいいんですよね?」


 もうほとんど先日、雨守クンから聞いたばかりの受け売りッ!


「ええ、正解です。マニュアル上は。」


「マニュアル上って……え? 他にどんな方法が。」


「少し、時間を頂いてもいいですか?」


 古谷課長は席に戻るとおもむろに電話の受話器を取った。


 今度は私が席を立って、その古谷課長の後ろで壁にもたれるように居眠りをしてる大男の霊……自称、幻宗(げんしゅう)さん(没年齢三十二歳)に声をかけてみる。だってきっと寝たふりだもの。


「幻宗さん幻宗さん。

 古谷課長、先方の校長と話してるんですよね?

 でもさっきからずっと世間話ばかりじゃないですか?」


 やっぱりすぐ目を開けた。でも左目だけ開いてぎょろっと見下ろしてくるからちょっと怖いわよッ。


『うむ。渡瀬殿からすれば、うわべはそう見えるであろうな。』


 殿なんてつけてくれるけど、なんだかやりにくいわ。


「うわべ? なにか意味があるんですね?」


 すると幻宗さんは背中の長刀をすらりと鞘から抜き、その切先を天井に向けた(天井突き抜けてるんですけどッ)。そしてその刀身をゆっくりと手元から天井のその先へと見つめながら答える。


『儂にはまどろっこしゅうて眠くなるだけだがのう。

 こやつはこうして、話をしながら相手の腹のうちを読んでおる。

 生まれ変わったこの世の方が、こやつには向いておったようじゃ。』


 なんでも幻宗さんは古谷課長の前世での、十八も歳が離れた兄上とのこと(前世では古谷課長、十四歳の若さで亡くなっていた!)

 でも兄弟が守護霊になるとは限らない、とかなんとか。


 言い終えると今度は私を両目でぎょろりと睨むぅ~。聞いてました。聞いてましたよッ。

 目で訴えたら、また刀をバチンと鞘に納めた。私の身長より長い刀なのに、よくひっかかりもせず綺麗に納めるわね。っていうか、なんのために抜いて見せたんですかッ?


 ちょうどそこで古谷課長は電話を切った。古谷課長はため息交じりにいう。


「兄者のように、私は己の剣に絶対的な自信など持てなかったからですよ。

 刀を抜いての命のやり取りでは到底生き残れぬと悟った故、

 相手の心をいかに読み取るかという術(すべ)をひたすら磨いた。

 あの頃、裏切りは人の世の常でしたからなぁ。」


 時々言葉遣いが昔と今とごっちゃになってる気もしないでもない。

 でも私、突っ込まない。


『ふん。思い起こすも忌々しい世であったわ。』


 吐き捨てるようにいう幻宗さんの言葉に、ごくりと唾を飲んじゃった。だって、命のやり取りとか裏切りとか……あまり詳しく聞いてないけど、兄弟そろって不幸な亡くなり方をしたのに違いないもの。


 ややひきつった私に、打って変わって柔和な笑顔を古谷課長は向ける(かえって怖いわよッ!)


「『臨時免許』を発行しましょう。」


「なんだ、結局その手じゃないですか。」


「雨守君にです。」


「え?

 もしかして今の学校って、雨守クンじゃないとダメってことですか?」


 つまり、何かしらの霊がその学校に関わってるってこと?


「さすがですね、渡瀬さん。

 ただ、私達には今、本当に霊が関わってるのかどうかはわからない。

 それでも先方の学校長は、軽々に語れない不安を抱えていることは確かでした。

 どうやら、あの噂を聞いての依頼なのでしょうね。」


 あの噂……何年も前から、校長になった人達の間に伝わっている噂。

 先日の『引継ぎ』で聞かされてはいた。

『ある非常勤講師を雇えば、その学校で抱えている口外できない問題が解決する』という噂。


「ですからこの学校には、雨守君に……」


 ちょっとカチンときて私は古谷課長の言葉を遮った。


「それじゃなんだか、とりあえず雨守クンを利用するようで納得できません!!」


 幻宗さんが真ん丸な目をして私を見つめる。古谷課長はなんの感情の色も見せずに静かに答えた。


「いいえ、渡瀬さん。

 これは利用ではなく、間接的な彼へのお願いですよ。

 雨守君には、拒否する権利もありますからね。」


 それは……確かにそうだわ。

 普通の場合でも、学校と非常勤講師双方の都合が合わなければ契約成立にはならない。民間の派遣とは微妙に違うもの。


 雨守クンは後代って子の声が、あの老婆の幽霊の声が聞こえていたって言ってた。それでその学校へ赴任してきた、と。そうか……。


「つまり、雨守クンを呼ぶ霊の声がそこからなければ、雨守クンは動かない。

 最初から、引き受けない。そういうことでいいですね?」


「その場合は通常の手続き通り、その学校の教頭に『臨時免許』を出すだけです。」


 なるほど。

 あ、でもまた一つ雨守クンの言葉を思い出したわ!


「古谷課長、こうやって雨守クンの『臨時免許』、

 今まで何度も発行しといて後でもみ消してましたね?

 非常勤講師に臨時免許を発行するなんて、本来なら大問題ですよね?」


 食ってかかった私に、古谷課長は顔色一つ変えず澄まして答えた。


「ええ、でもここの記録にそんな事実は残っていません。

 それも『引継ぎ事項』の一つですから、よろしくお願いしますよ。

 渡瀬さん。」


「まッ!」


 私にもそうしろとぉ~~~ッ!!

 ぬけぬけと言う古谷課長に口をあんぐりさせてる私に、幻宗さんは目を細めた。


『こやつにもうわべからは容易に探れぬ腹がある、ということじゃ。

 だがのう、渡瀬殿。

 これだけは儂が見て嘘偽りなき真だが……。

 こやつはその雨守という男に惚れておるのじゃ。

 お主のようにのぅ。』


「だッ! 誰が惚れてなんているもんですかッ!!」

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