ゲロスープ

 このフェナントレンは元もと、俺の父親が領主を務めていた。

 政治や経済のことはさっぱりわからなかったが治安は良かったように思える。


 ある日前皇帝からの呼び出しがかかり、俺達一家は帝都へと向かった

 馬車から見るフェナントレンの街並みはきれいで、街の人たちが笑顔で手を振って送り出してくれた。


 そしてそれがフェナントレンをみる最後の記憶となった。



 久しぶりの故郷をトボトボと歩く

 キクを探さないとと思う反面、「なんで俺に嘘なんか」とモヤモヤが溜まる。


 あののほほんとした笑顔の裏にどんな思惑が隠されていたんだろうか

 全く想像がつかない。

 単純明快だったはずのキクが未知な存在にかわった。


 キクのこと知った気でいたがよく考えればたった二年程度の付き合いだ。

「俺も所詮他人か」


 その寂しい響きに唇をかむ。

 家族とは違うよな。

 心に冷たい風が吹き、脱力感が全身を包んだ。



 特に目的地があったわけでもない俺は自然と昔住んでいた場所へと足が向かう。

 詳細に説明すると俺の家は城の離れにあった。


 その懐かしい木骨造りの建物をみると中に入ってみたい衝動に駆られる。

 誰か「おかえりなさい」と言ってくれる人がいるような気がした。


「死にたいんですか」


 突然後ろから湧いた声に肩が跳ねる。

「言っておきますが、シン皇子派はほぼ粛清されましたから今いるのは全員現皇帝の息がかかってますよ」


「わかってる」

 当然ながらクロだった。結局ついて来てんじゃねえか。

「なら、いいんですが」


 本当コイツの考えはよくわからない。

「お前にとったら俺の生死なんてどうでもいいだろ」

「そうなんですけどね。どうも危なっかしいというか、見ていられないというか、青いというか」

「大きなお世話だ!!」


 怒る俺の頭を小さなガキをなだめるように撫でる。

「一応、初弟子ですしねえ」

「ろくに教えてねえじゃん!」


「ほらアトル、見てくださいあれが奴隷市のメイン、奴隷オークション会場です」


 あからさまに話をそらしてきたな。

 そうわかっていても、クロの指さす建物につい目がいく。


 それは宿屋からも見えたきんきらきんの建物だった。

 この建物を中心にこの街は派手なものにかわっていた。特に今日は奴隷市前日のため飾りつけも大詰めを迎えているようだ。


 建物だけではない、道行く人も派手だ。


 クマリンでは派手と感じた俺の恰好もここでは地味だと感じる。

 首に手首にフリルがすごい。何だあの腕の下に垂れ下がる紐の列は。

 男も女も頭には派手な帽子が乗っかり、なんならクルクルカールのかつらまでかぶっている。


 フラミンゴの形をした帽子をかぶった奴と出会ったときは、こいつ頭大丈夫かとガン見してしまった。

 すると、此方に気が付いたフラミンゴは俺の頭からつま先まで見て鼻で笑った。


 はあ!?

 おま、おまえに笑われたくねえわ!


 他の金持ち集団が近づきフラミンゴを羨まし気に眺め、その視線を受けたフラミンゴは誇らしげに去っていった。

「あれ良いな」「どこに売ってるんだ?」とボンボン達はフラミンゴの後ろ姿を見送り、そして俺の方へ視線をやり「はっ」と思い切り見下してきた。


 なんかよくわからんがムカついた!


「帽子買います?」

 むかっ腹を立てながら歩いていると、クロがよくわからない気を使ってくる。

 クロが指さす先には、帽子屋があり派手な帽子がずらりと並んでいた。


「いらねえよ!!」





 ◆





 腹ごしらえと明日の打ち合わせをするため俺達は適当なバーにはいった。


 店内は丁度もめごとの最中だった


「お客様、困ります」

「こんな奴隷のような飯に金なんて払えるか!」


 どうやら成金のデブが支払いを渋っているようだ。

 俺達は気にせずテーブルにつく。


「酒はうすいし、なんだあの薄っぺらい肉は!スープもゲロのようだった!」


 ヤメロ!食欲がなくなる




 延々とデブのクレームが店内に響き渡る中、横から低い声があがった。

「それにしては、完食してんじゃねえか」

 カウンター席からだ。



「なんだお前は?何か言ったか?」


 デブが、背を向けたままの男に近付き声をかける。

 恐らくデブ独りではそんな勇気ないだろうが、そこは成金らしく屈強な奴隷を連れていた。


 男は構わず食事をとり続けている。

 クロは後ろの出来事に全く興味がなさそうだが、向かいに座る俺は丁度いい角度でその様子を窺うことができ、何か面白そうなことがおこりそうな予感に胸を高鳴らせた。


「あんた、よくこんなゲロスープ飲め干せたな」

「おい、聞いているのか!」と絡みに来たデブに、男は振り返り今食べていたスープをスプーンですくい垂らしてみせる。


「それは……仕方なくだな」

 デブは想像と違った応えに出鼻をくじかれたようだ。


「相当飢えてたんだろうなあ。それにこの程度の金額も払えねえたあ金欠か?」


 中壮年の男は無精ひげを撫でながらニヤニヤと笑う。


「ち、違う!私は払う価値がないといっておるのだ!」


「お前ら!聞いたかあ、コイツの家火の車なようだぜ!今後取引はよく考えたほうがよさそうだ」


 ヒゲは、声を向ける対象をデブから店内の客に切り替えてきた。


 丁度夕食時の店内はほぼ席が埋まっており、その客全ての視線がデブに集中し、コソコソクスクス笑う声が店内をつつんだ。


 デブは顔を真っ赤にしながら、金を床に叩きつけて店を出て行った。



「全くとんでもないヤツだったね」


 女房らしき人が腰に手を当てながら店主へと近づく。


「あんなクソ野郎に頭を下げないといけないとは」

「最近はあんな奴等ばかりさね」


 やれやれと夫婦そろってため息をはいていた。

 奴隷市のおかげで大金を手に入れ、気も態度も大きくなった客が増えたそうだ。


「ありがとな。プラプラノ助かった」

「誰がプラプラノだ」

「いつまでも定職つかずにプラプラしてるからだ。それになんだゲロスープって失礼な奴だな」

「ゲロにゲロって言って何が悪い」

「そんなこと言ってると今までのツケ全部払ってもらうぞ」

「いやー超美味いなあ。このスープ」


 どうやらヒゲは元からこの店の常連客だったようだ。


「シン皇子がいるころはよかった」


 思わぬところで父親の名前が出てきて、ドキリとする。

「まさか、賊に襲われて亡くなるなんて。護衛の奴等は何をしていたんだ」

 しんみりした空気の中、無精ひげの男が「……それはもう言わない約束だぜ」とうめくように言った。



「……」


「なんだよ」

 クロの窺うような視線をうけて俺は眉間に縦ジワをつくった。


「いえ……」


 あの時の事は覚えてない。思い出す気もない。話す気もない。

 もう終わった事だ。


 俺の空気を察してクロもさっさと話をかえた。

 注文した料理もそろったところだ

「入場チケットが手に入りました。それとこれが出品予定表です」


 紙がテーブルに置かれ、俺の前にスッと差し出された。

 クロの手際の良さに舌を巻く。コイツ有能すぎる。


 たった一日だ。

 たった一日でここまで来た。


 今回身に染みてわかったことは、情報収集は大切だということだった。

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