偽名

 クロは俺の前に膝をつきそれはそれは優雅に頭を下げて見せた。

 それは完璧に身に沁みついてる動きであり、跪いた相手にその気にさせる威力があった。


 驚きの連続だが、なんとか気を落ち着かせようと息をはく。

 コイツ、いつもは誰に跪いているのだろうか。



「茶番はやめろ、心にもないくせに」


 言うとフッと笑いあっさりとクロはメッキをはがした。


「人の頭を足蹴にしといてなにが『皇帝陛下』だ」


 ラクタムでは思いっきり見捨てようとしてたくせに何が『ご帰還お慶び申し上げます』だ。


「ですよねえ」


 俺の指摘にクロは肩をすくめて見せた。

「でも、その剣を持っているってことはそう言うことなんですよ」



「勘弁してくれ!俺はそんな気はない!命狙われるのはまっぴらごめんだ」


「そう思うならもっと上手く隠れてください。流石にアトルと名乗る金髪碧眼の少年が優雅な仕草でお茶飲んでたら誰だってピンときますよ」


 ピンときたのはお前ぐらいだよ!

 ずっとアトルと名乗っているが乞食の時はもちろん、まだ逃げ伸びたばかり時ですら誰にも疑われたことはなかった。


「染みついた習慣は仕方ないとしても、せめて偽名使うくらいの知恵をつけてください。竹葉菊さんのように」


「偽名ねえ。今更使ってもなあ……」

 恥ずかしい事この上ない


「……てか今何て言った?」

 さらりと吐かれた中に聞き捨てならない内容が混ざってなかったか!?


 クロの顔を見返すと、爆弾投下後の俺の反応を面白がるように黒い目が見つめていた。


「キクが、偽名つかってるっていうのか!?」


「はい。あの人の本当の名前はエリス=ロマイシンといいます」


 あまりの内容に思考が停止する。

「ロマイシンって……もしかして……?」


「そう、勇者アジス=ロマイシンのお孫さんです」



 体が震える。


「それは……間違いないのか?」

「まず間違いありません」


 ワルファ様が言っていた「エリスという名に聞き覚えはないか」と。

 あれは勇者アジスの孫娘の名前だったのか!


「でもキクは最近引っ越してきたって。前の住人のことは知らないっていってたんだぞ?」


「ええ、僕も聞きましたよ」


 そうなのだ。合わないピースがキクの存在だった。

 全ての謎が、そこに集結する。



 これで消えた孫娘の謎が解けた。


 消えてなんていない。キク自身がそうだったんだ。

 引っ越してきたんじゃない最初から住んでいたんだ。

 最高司祭様は勇者アジスが死んだのを知り孫娘を保護しにきた


 おそらくそう言う事なのだろう。


 わかってしまえばなんてことない話だった。



 でも、まさかキクが嘘ついていたなんて。


 俺はキクに絶大な信頼を置いていた。


「……んだよそれ」


 キクが偽名を?

 そんな小賢しいことしなさそうなのに。


 それなら異国から来たってのも嘘かよ。


 一緒に来るかといったのも。

 俺、結構本気で悩んだのに。

 全部捨てて一緒に行ってもいいかなって思ってたのに。


 ニホンに帰りたいって泣いてたのはなんだったんだ。




「おや、探しに行かないんですか?」


「……お前って結構性格悪いよな」


 不信の種を自ら撒いておいてそれはない。


「あまり信用されたら困るんですよ。僕は必ずしも君の味方じゃない。アトルは警戒を怠らないようにしてくれないと」


 じゃあ、どうしてこんなに親身になってくれるんだ。

 言ってることとやってることがおかしいだろ。

 馬鹿野郎。


「……意味わかんねえ」



 キクもクロも意味わかんねえ。

 今自分を形成している全てが足元から崩れていく感覚に震える。


 堪らず街へと駆けだした。


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