正式には
スルを解放したクロがこちらを向いた。途端俺はビクついてしまった。
「……なに君まで怯えてるんですか」
「まいったな」と苦笑するクロからはもう殺気は出ていなかったがまだ空気がピリピリしている気がした。
「クロ、お前フタラジンの争いに参加してたのか」
あの惨殺を行ったのはお前か?
怖くて聞けずにいたことを思い切って聞いてみた。
「……僕にはあの戦いへの正式な参加要請はありませんでした」
また際どい表現を使ってくる。
「正式には無かった」か。
あの時腹を裂かれた俺が生きているってことは、あれはクロだとしか考えられない。他に誰が助けてくれるってんだ。
だが、そうか、正式ではないからうかつに喋れないってことか。
俺の視線にクロはふいっと顔を逸らす。
口を割る気はないことだけはしっかりと伝わってきた。
「まあいいか。とりあえずキクのことだ」
これ以上の追及は無駄と判断し話をすすめる。
「おばあちゃんは奴隷市につれて行かれたので間違いないでしょう」
スルの情報で奴隷商人の絞り込みもできるらしい。
「むしろ、奴隷商人でよかったです。高く売るために商品は大切に扱いますから
そこらのゴロツキに攫われてたら、絶望的でした」
たしかにそうかもしれない。でも絶望的なのはかわらない。
「何も良くないだろ。明日までにフェナントレンなんて絶対無理だ」
たとえどんなに急いでも5日はかかる。
「そうソコなんですよね問題は」
クロも頭をひねらせた。
「アトルは勘がいいからなあ」
そのクロのつぶやきに俺は顔をあげた。
なんだその悩み?
目を丸くする俺を見て、フッと笑ってくる。
「フェナントレン……行きたいですか?」
「当たり前だ!」
「……いいんですね?」
どういう意味かよくわからないが、行かないという選択肢があるわけがない。
「ああ」
「では、準備を整えてすぐに出発しましょうか」
驚きだが明日までにフェナントレンにつく方法があるらしい。
クロの行動範囲の広さを考えれば何かあるとは思っていたが。
早速出発するのかと思いきや何故かお風呂に入れられ、散髪に連れて行かれた。
仕立屋で着せ替え人形にさせられ、小物が揃えられていく。
フォーマルな服ではなく、華美な服だ。
出来上がってみれば、目立ちたがり屋のボンボンにしかみえない仕上がりになっていた。
クロの思惑がみえず、とにかく恥ずかしい。
「さすがに似合いますね」
「これのどこがだ!」
高額な支払いを軽く済ませたクロが俺の姿をみて感想をもらす。
キクが服を買ってくれた時はいつか返すといったが、この服の金は出したくない
「なんで、こんな格好しなきゃならないんだよ!」
「奴隷市ではこんな格好の人達ばかりなので」
金持ちが奴隷を買いに来るので、自分達の財力を誇示しようと競って派手になるらしい。
あまりにみすぼらしい恰好だと、見下され相手にしてもらえない。さっきの俺の恰好ではせいぜい「売買中奴隷」と思われて終わるとのこと。フェナントレンでは奴隷もそれなりの恰好をしているらしい。
「お前はいいのかよ」
「僕はもう持ってますから」
「なら、お前も着替えろよ」
「嫌ですよ。恥ずかしい」
キッパリと恥ずかしいと言い切りやがった。
この野郎!
「おい、待てよ」
クロに噛みついているところに、再びスルが現れた。さっきしっぽ巻いて逃げたと思ったのに
「お前まさか、アイツ助けに行くんじゃないだろうな?」
さっきからなんだコイツ。
自分から情報が漏れたとバレたら殺されるとでも思ってるのか
クロの言うにはそういう輩の「言ったら殺す」はあいさつ代わりに使われるものだからあまり気にしなくてもいいらしい。
まあ確かに親方経由の話なら何かしらある可能性はあるが。
そんなの俺の知った事か
「頼む!アイツを助けてやってくれ」
無視して行こうとした俺達の前で、スルが頭を下げた。
「アイツ馬鹿なんだ、自分が嵌められたとも知らずにずっと俺の心配してて
毎日、目覚めが悪いったらないんだ」
スルの後頭部を眺めながら「ああそういうことか」と納得した。
コイツ、今日はずいぶんと不自然に俺に絡んできたと思ったら、そんな後ろめたさがあったからか。
「さすがおばあちゃん。人徳がありますね」
クロが微笑ましいものを見るようにスルに近付いた。
「これは返しておきます」
そう言ってさっき没収した魔法石を渡していた。それだけだったのだがスルのビビり様はすごかった。
まあクロの殺気を受けた後だから仕方ないが。
こうして、準備を整えた俺とクロはフェナントレンへと旅立った。
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