スル=ピリド

「おい、アトルの飼い主」

 庭で洗濯物を干してる女の子にこっそり声をかけ手招きする。

「おお、おお、なんじゃい。ノラ」


「のっ」


「アトルが飼い犬なら、おまいさんは野良犬じゃろが」

「なんだとっ」

 襟首をつかんで拳をあげてみるが、

 いたずらっぽくニッカーと笑う姿を見て、思いっきりからかわれたのだと知る。


「……」


 なんだコイツは


 調子が狂う。毒気を抜かれた俺は掴んだ襟を離した。


「お?もう良いのか」

「うっせえな!!」


 喧嘩する気がこれっぽっちもないくせに煽ってくるな!

 何故かよくわからないがこいつは俺にじゃれついてきてるだけなのだ。

 いちいち怒ってたら馬鹿を見る。


「それで?前の商品は全部売れたのかの」


 それは以前親方にブリキのガラクタを売ってこいと言われた時の話だ。

 結局全く売れず折檻を受けている時に割って入ってきたわけのわからない奴がコイツだ。


「売れなかったよ! あんなの売れるわけねーだろ!」

「じゃよなあ、売れりゃせんわあれは。自分で売ってみいと言いたくなるわ」

「全くだよ。子供だからって馬鹿にしやがって!」

「苦労しとるんじゃな」


「……」


 俺なんでこんな話してるんだ。


 俺の名前はスル=ピリド

 クマリンに住む貧民の一人だ。


 今日仕事場に行ったら見知らぬ男が二人、親方と話していた。

 銀髪の女の子を知っているかと聞かれアトルの知り合いで俺はよく知らないと答えたところ、こっそり連れてこいと言われたのだ。

 もちろん、俺は断れる立場ではない。

 話したこともないのに、どうすればいいんだと頭を悩ませなんとか見張りの隙をついて話しかけることに成功。


 見かけは可愛いのに、なんだこの世間話に花が咲く感覚は。

 つい日頃堪った愚痴を話してしまいたくなる


「それで、わしに何か用かの?」

「あーえーっと」

 連れ出す口実を考えていたのに今のやりとりで全部吹っ飛んだわ。


「困った事でもあったんか?」

「まあなあ。お袋の薬を買う金がなくて」

 って何喋ってるんだ俺。

 そんな話をしてどうやって連れ出す話に発展させる気だ?


「そりゃいけんの」


 女の子は、大いに同情してくれた。

 そんなに同情されても困るのだが。完全に話が逸れて行ってる。


 なんとかお金の準備をするから待っておれと言われて驚く。


 は?まさか金を出してくれるつもりか

 こんなほぼ初対面の奴に?頭おかしいんじゃないのか。


 家に入ろうとしたので、慌てる。これで人に喋られでもしたら台無しだ。


「誰にも言うなよ」


 焦った俺はつい言ってしまった。

 怪しまれるかと思ったが「わかっとるよ」と口に手を当てこっそり返事してきた。

 何が分かっているのか分からないが、とにかく待ち合わせ場所を指定してそこで待つことになった。


 路地裏で立って待つ。親方にもそう伝えてある。


 本当に来るだろうか。


 来たとしても護衛をつれて来たらどうしようか。

 また殴られるだろうな


 あーあ。もっと上手い口実は無かっただろうか。


 そもそも、おびき寄せること自体難しい話なんだよな。

 こういう事がおこらないように護衛を雇っているんだろうし。


 ソワソワしながら待っていると女の子が現れた。


 本気で護衛をつけずに一人でやってきた。

 マジか。

 コイツ無防備過ぎやしないか?


「ほれ、ちゃんと来たぞ。わしゃ嘘つかんからの」

 とドヤ顔をされた。


 イヤイヤ全然すごくない。むしろ、のこのこ現れて超マヌケだ。

 ってか護衛仕事しろ。


 そのまま一抱えある包をどんと渡された。


 は?


 中身が金じゃないことは手の感触でわかった。


 何だコレ?


 女の子はニコニコ顔だが、ちょっと意味が分からない。



 女の子が俺を一生懸命励まそうとしている中、男二人が静かに近づくのが見えた。

 俺は息を飲んだ。


「子供がなんちゅう顔しとるんじゃ」

 俺の緊張顔を見て、母親が病気なので落ち込んでると思ったのか、それとも自分の奉仕に感極まってるとでも思ったのか、元気づけるように頭をぐしゃぐしゃ撫でてきた。



 うわあ馬鹿だなあ。



 女の子は後ろから近付いて来た男達にあっという間に捕まった。

 口を塞がれ、助けも呼べない。

 頑張って抵抗していたが、まあ逃れるのは無理だろう。


 赤い瞳が前に立つ俺の方を見た。

「騙したのか」と言われている気がして、若干の良心の呵責がおこったが

「騙される方が悪いんだよバーカ」とすぐに心を切り替える。


「はよ、逃げ!」


 女の子から信じられない言葉が飛び出した。


 息が詰まる自分の目の前で

 ずっともがいていた女の子の白い手がするりと落ち、そのまま瞳が落ちた


「おう、ご苦労だったな坊主」


 二人は慣れた手つきで気を失った女の子を麻袋に押し込め担ぐ。

「誰にも言うなよ?言ったら殺すからな」ニヤニヤと笑いながらそう言ってきた。


 去り際に「お礼だ」といって、結構な額の金が投げ渡されあたりに散らばった。



 俺は立ち尽くした。

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