子供

 心臓がバクバク言って頭はパニックだ


 クロだ。

 本当にクロが来てくれた。



 実は少し諦めていたところだった。


 あのフランのメガネにからかわれたか、クロはもう俺達の事どうでもよくなったかのどちらかかと思っていた。


「ただいまです」


 穏やかに笑いながら、俺に近付いてくる。

 いつもならキクがすぐ駆け寄り「よう帰ってきたの」と荷物やマント等を受け取るのだが、そのキクが今いない。


「伝言見ました。仕事が立て込んでいて、気づくのが遅くなってすみません」


 本当に伝言が届いていたなんて。

 そしてⅠ群が俺の伝言をみて現れるなんて


 これは夢か幻か

 にわかには信じられなくて立ち尽くす俺の前でクロは足を止める。


 しばらく会わない間に、俺の中のクロの立ち位置が随分変わった。


 本来なら俺程度が気軽に話しかけれる相手ではない。雲の上の存在である


 その上フランの裏の顔、それにクロが深く関わっていることも知ってしまった


 そして………


 フタラジンで俺の腹を貫いた刀。もしあれがクロの刀なのだとしたら。

 未だにあの冷たい瞳を思い出すだけで体が凍り付く。


 コイツ俺達の知らないところで、いつもあんな事やってんのか。


 クロが謎だらけなのは今にはじまった事ではないし、クロの手が血で汚れているのは前々から知っていた。

「何を今更」と思うのに体が勝手に萎縮してしまう。



「おばあちゃんの姿が見えないようですが」


 俺の中で、いろんな思いが駆け巡る中

「お腹空いたなあ」とあたりを見渡すクロは、いつものクロだった。


 そののほほんとした響きが妙に温かく体にしみこんできた。

 散々萎縮していたくせに、その一言で全ての警戒心が吹き飛び、想像以上の安心感が全身を包む。

 クロの帰還を心底嬉しく思った。


「キクが……」


 口に出した瞬間、腹のそこから溜まっていたものがふきだしてきた

 唇が震え瞼があつくなる。


「キクがいなくなったんだ」


 なんとか絞り出した声は思い切り震えていた。

 クロを前にして張りつめていたものが切れた俺は泣き崩れた。


 今まで俺は一人ぼっちだったのだとこの時はじめて気が付いた。


 俺の声を聞いてくれる人がいる。

 それだけで胸が熱くなった。



 それから、俺はクロに今までの経緯を話した。


 ずっと留守にしていたこと。

 帰ってきたらキクがいなくなっていたこと。

 クマリンを探し回ったが手掛かり一つ掴めないこと。


 上手く話せたかどうかはわからない。

 しゃくり上げながらだったし、順番もめちゃくちゃで主観的な話ばかりしていた気がするが

 クロは背中をさすりながら黙って聞いてくれていた。


「もし死んでいたら……俺…俺……」

 しゃくりあげながらクロに縋る自分はどうしようもなく、子供だった。



「今一度、クマリンに行きましょうか」

 俺が落ち着いてきた頃、ずっと黙っていたクロは、そう言って立ち上がった。









 クマリンへと向かう道すがら、クロは何も聞いて来なかった。


「聞かないんだな」


 耐えられなくなった俺は自ら口火をきった。


「その…俺のパーティのこと」

「亡くなったんでしょう?」


 事も無げに言われ、俺は目を見開いた。


「どう……して?」


 さっきの説明のとき、俺はあえて自分のパーティに触れるのを避けた


「丁度あの時期が一番死にやすいんですよ」


 Ⅲ群に上がって自信が付き、自分が上にあがることに熱中して、周りが見えなくなる。

「そうやって多くの人が死んでいきます。自分の力量を図り間違えて」



「勝手に決めつけるなよ!」


 クロの言葉は、CCブロッカーとして聞き捨てならなかった。


「皆は別に調子にのって死んだんじゃない!汚い謀略によって殺されたんだ!」


 足を止め、先を歩くクロの背中に抗議の声をあげる


「……君、この期におよんで、まだ目が覚めてないんですか」

 そう言ってクロは俺の方を振り返った。

 そのため息交じりの仕草に腹を立てる。


「いくらクロでも、俺の仲間を馬鹿にするのは許せねえ!」


「もういないですけどね」


 冷たく言い捨てられたその言葉は、俺を逆上させるには十分だった。


 剣を抜いてクロへと切りかかる。

 怒りの斬撃は軽く受け止められてしまい、俺は全力で付加の炎を飛ばした

 が、それすらも手応えを感じる前に視界がブレ体が吹き飛んだ。


「君がここまで馬鹿だったとは残念です」


 殴られたのだと認識できたのは地面を散々転がった後だった。


「知っていますか」

「あの戦い、帝国軍五千反乱軍四万という圧倒的戦力差があったこと」


 即反撃に出ようと頭を持ち上げた瞬間、頭が地面に押し戻された。


「知っていますか」


 嫌というほど頭を地面にこすりつけられながら横目で見ると、クロが俺の頭を踏みながら冷たく見下ろしていた。


「あの反乱はフタラジンで飢えて苦しむ人たちが団結して、以前からずっと練られていた作戦だったこと。必ず成功させるために命がけで周辺国への協力を仰ぎ、好機を待ち満を持して起こした決死の戦いだったこと」


「そんな戦いによく、参加する気になりましたね」


「そんな話全然……」

「帝国側が教えるわけないでしょう」

「知ってたら俺達だって!」

「だから、周りが見えてないといったんです」



 ぎりりと歯を食いしばる俺をみて、クロは再びため息をはいた。

 頭にのせられていた足が除けられる




「知っていますか」


 殴られた頬がジンジンと痛い。

 憮然と起き上がった俺に更にクロの話は続く。


「僕が迎えに行ったあの日、おばあちゃんが結界の外を歩いていたこと」


「……え?」


 予想外の内容に反発心が抜ける。


 そんなはずはない。だってキクは……


「ええ、知ってますよ。おばあちゃんが三つ目オオカミに異常な恐怖を感じていること。それでも、いてもたってもいられなかったのでしょう。君を探しまわってました」


「日が沈んでも君が帰ってこない。死んでしまったかもしれないと泣いてました」


「今の君と同じに」




「良かったですね。たまたま僕が通りかかって。

 狩りを終えた楽しい帰り道に、食われた残骸を見つけてたかもしれませんよ」


「そんなの一言も」


「そうです。おばあちゃんは文句一つ言わず何事もなかったように迎えてました。

 君は弱いと馬鹿にしてましたが同じことが君にできますか?


 あんなに強い人は中々いません」



「言ってくれればよかったじゃないか!」

「言っても聞かなかったでしょう?」


 ぐっと口ごもる俺を見て「まったく」とクロはため息をはいた。

「今回のことで、もうとっくに目が覚めたものだと思ってました」


「大切な仲間を馬鹿にされて怒る君が何故、あんなに君の事を大切に思ってくれているおばあちゃんをないがしろにしてたんですか。少しでも耳を傾けようとしなかったんですか」



 クロの言葉が刺さる。


「君が剣を教えてくれと言ってきたのは何のためですか?フランの上位に行くためですか?」


「くだらない」

 腹の底から吐き捨てられて俺はギョッとした。


「常に狙われていたいですか?僕みたいに」

 クロは顔を見られるだけで命を狙われていた。常に襲撃に備えて周囲を警戒している。


「勘違いしてる人が多いんですけど、強くなったら幸せになれるわけじゃないんですよ」



「仲間を大切に思うのはいいことだと思いますが、それより真っ先に優先すべきことがあるでしょう」




 説教垂れるクロを睨んだままの俺は肩で何度も息をした。


「少し頭を冷やして下さい」

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