怪しい気配

 その日一日クロの返事を待ったがなにも返って来なかった。

 俺は一旦家へ帰ることにした。


 日が暮れ辺りが薄闇に包まれてる頃家に着いた。


 家に灯は点っておらず、始めて見る真っ暗な洋館に不気味さを覚える。

 いつもなら暖かな光と美味しそうな匂いが漏れているのに。

 家を間違えたんじゃないかと思ってしまう。


 暗闇の中、手探りで自分の部屋までいきベッドに倒れ込んだ。


 ねる前に着替えないと。風呂に入らないと。


 いろいろやることが思い浮かぶが全部明日にまわし、服を脱ぎ捨て下着姿で毛布をかぶった。



 一瞬、人の気配がした気がして顔をあげる。

 だが、誰もいるはずがない。

 気のせいだったことを確認して再び枕に顔をうずめた。


 キクのいない家は、とても寒く冷たかった。

 真っ暗な夜でも、キクが隣にいると思うだけで暖かかったのに。


 キクは俺のことをずっと待っていたらしい。


 俺は毛布に包まって目をつぶる。

 最悪なことに自分はその間キクのことを一つも思い出すこともなかったのだ。





 ◆





 朝、何か聞こえた気がして目を覚ます。

 ベッドから起きたが無音だった。

 パンの匂いもしてこない。


 ただの無機質な空間。


 昨日の服が床に散乱してある。


 服洗濯しないと。お風呂に入らないと。飯の準備しないと。


 全てが億劫だった。



「……キク」


 台所へ行ってみる。

 いないとわかっていてもエプロンをひるがえし「おはよう」と笑う女の子の姿をつい探してしまう。


 最後にキクの顔を見たのはいつだっただろう?


 言葉を交わしたのは?


 最近はキクの顔をまともに見れなくなった。

 たまに視線を向けると若干寂しそうな顔と目が合い、それを見るとムカムカするのですぐまた目をそらした。


 ソタロールの件では、ささくれたって当たり散らした。


 俺、キクの事が好きなのに。

 すげえ好きなのに。


 どうしても酷い仕打ちばかりキクにしてしまう。



 もっと優しくすればよかった。


 キクどこにいるんだ。

 頼む生きててくれ。頼む頼む


 顔が見たい。声が聞きたい



 キクに会いたい。







 ◆





 昨日もクマリンを探し回ったが何の収穫もなかった。

 今日もクマリンに行こうと思うがもう三日目だ。完全に八方ふさがりであった。

 クロとの連絡はまだつかない。



 キクの事を考えると震えているキクの姿ばかりが思い浮かぶ。

 俺の部屋の前に立って、不安そうに立ち尽くしていたあのキクの姿だ。


 あの怖がりのキクが一人ぼっちで過ごしていたなんて、どんなに心細かっただろうか。

 なんで俺傍にいてやらなかったんだ。


 キクが苦しんでいても俺は何もしてやれない。救い出してやれない。

 強くなっても意味がないじゃないか。


 キクが助けを求めても自分は何も出来ない



 もし、もしも、キクが死んでいたら


 そう思うと体が震える。



 その不安を打ち消すように、俺は今日もクマリンに向かった。





また、人の気配がした。


今日もまた家に寝に帰っていた俺は屋敷の中を見渡す。


だが、誰もいない。


これで何度目だ?こうも続くとなるとこれは気のせいじゃない。



この屋敷、何かいる。



「誰だっ!誰かいるのか!?」



叫んでみるが虚しく反響するだけだった。




何もいるはずがないのだが、少し本腰をいれて屋敷中を見て回る。


各部屋も台所も風呂場もそして書斎も。


だが、やはり何も見つからない


一通り見終わり、リビングにもどってくる


俺の気のせいなのか?




今は何もないのにふとした瞬間に気配を感じるのだ。ここ数日で何度も。


今までこんなことは一度もなかったのに。


キクの失踪と何か関係があるのだろうか?


一生懸命神経を研ぎ澄ます




……いま、何か聞こえた。


耳を澄まして辺りを見渡してみる。



………ス…


「っっ!!」


今間違いなく人の声がきこえた。

すばやく聞こえてきた方向へ視線を向ける。


何もない。

だが気配はある。


背中をいやな汗が流れ落ちる。

やばい、これもしかして実体のないヤツか



…エリ……



また聞こえた。でも何も見えない。


得体のしれない存在を前にどうしていいのかわからず佇む。

心臓がバクバク言い出す。




ソファが何もないのに軋んだ


それに視線を向けると、その視線の端で、風がないのにカーテンが揺れる


はっと視線を走らせる俺の後ろで今度は窓ガラスがピシッっと音を立てる。


まるで動揺する俺を面白がるかのように俺の周囲で立て続けに怪奇現象がおきた。



いる。間違いなく傍にいる。


が、見えない。






ガチャ



突然玄関が開いた。


「うわああああああ!!!!!」


体が竦みあがり、思わず大声がでてしまった。



「あ、えと……」


しっかりと音となった声が聞こえてきた。

そしてちゃんと実体をもって俺の前に姿をあらわした。


「ノックした方がよかったですか?」


申し訳なさそうに恐る恐るこちらを窺ってくるのは、黒い髪に黒いマント黒い靴、黒い刀を持った男。


そこにはクロが立っていた。






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