捜索

 家に帰ると、必ずパタパタと小走りの足音が聞こえてきて笑顔のキクが顔をみせる。

 それが当たり前だった。



「キク!」


 玄関を開けると、籠った空気がムワッと顔に覆いかぶさってきた。


 自分を迎えてくれる存在は現れず


 ただ、ガランとした空間がひろがるばかりだった。




 その光景に俺は想像以上にショックを受けた。





 ◆






 本当にキクがいなくなったなんて……

 

 ラナの言葉を疑っていたわけではないが、聞くのと実際目にするのではまるで違った。



 茫然自失の俺はラナの馬車に乗せられ、クマリンでキクが住んでいた家へと連れて行かれた


 そこは森の屋敷と比べとても小さく家畜小屋のような家だった。


 なんだってこんなところに……

 もっといい部屋がなかったものか。


 ただその空間がキクがつくりあげたものだということは入った瞬間わかった。

 服の畳み方だったり鍋の片づけ方だったりタオルの掛け方だったりキクの生活のクセがそこにはあった。


 本当にクマリンに住んでいたなんて。

 自分の知らないキクの新しい生活を知りショックをうけた。


 見たこともないのにキクがそこで台所に立つ姿も洗濯物を畳む姿も容易に想像が出来た。



「いなくなる直前までそこにいたそうだ」

 ラナにキク失踪までの経緯を説明された後、キクの護衛をしていたデスラ=ノシドってやつに会わされた。


「お前がアトルか」

 名前を確認された瞬間殴られた。


 はあ!?なんで俺殴られたんだ。

 聞くところによるとコイツ、キクに嵌めらたって話じゃないか。あのおとぼけキクなんかに。


 ちなみに男従業員数人にも同じ流れで殴られた

 意味わからん!


「おキクさん泣かせた罰だ」


 そう言われると弱い。

「……そんな泣いてたのか」


「さあな。俺達の前では笑顔だったけど、よく瞼が腫れてたな」

「どこほっつき歩いてやがった」



 ……おれだって。


 色々あったんだ。大変だったんだ。なんでこんな責めを受けなければならないんだ





 ◆





 キクを求めて真っ先に貧民街に向かう。

 

 俺がまだ乞食だった頃、弄ばれ路地裏に捨てられた女を何人も見たことある。

 それくらい貧民街では女の一人歩きは危ない。

 キク失踪の話を聞いてまず頭にうかんだのがそれだった。


 だが失踪から一週間もたっているのだ。今更死体が残っているとも思えない。


 案の定何一つ手掛かりは見つからなかった。

 「銀髪で赤い目の女の子」の目撃情報を集めたがこれも一週間もたっていたんじゃ碌にあつまらなかった。


 それにすでにラナがありとあらゆる可能性を考え捜査している。

 街への聞き込みも貧民街への捜索も全て終わっており俺はたんなる二番煎じにしかならなかった。


 聞き込みでわかったことは、キクは意外と顔がひろいということだった。


「ああ、あの子ね。なんか失踪しちゃったんだろう?」


 新作をとても褒めてくれただの、オマケをあげたらお返しを持って来ただの、愚痴を聞いてもらっただの、皆とても世話になったと笑っていた。


「はやく見つかるといいねえ」


 キクの人となりを十分知ってるので街の人たちの反応は納得できる。ただ


 俺だけ特別なわけじゃないんだ


 嬉しいような寂しいような複雑な気持ちを抱かせた。

 

 

 


 全く手掛かりがない中、これ以上何をどうやって探したらいいのかわからない。

 雲をつかむような話だった。


 ラナ達は最終的に同業者の仕業と考え、不利益になることを承知の上で強引な捜索をしたが手掛かりは何も掴めなかったらしい。


 ラナはそこまでしてくれたのだ、俺が出来ることは何だ?

 ラナ達がまだ探してなくて俺しか知りようのないことが何かないのか?


 あてもなくクマリンを歩く。



 ここ、手をつないで歩いたなあ


 キクは、目を離すとすぐどっかに行ってしまうのだ。


 あっちへフラフラこっちへフラフラ、珍しければ立ち止まり声をかけられれば吸い込まれていく。絶対「NO!」と言わないので必要の無い物をいっぱい買わされ、終いに目的を忘れて立ち尽くすキクを何回見たか。

「何事も付き合いじゃ」と笑うキクはとても良いカモだっただろう。


「あの馬鹿。本当どこに行っちゃったんだよ」



 やはり連れて行かれたのか?

 だがどこに?娼婦関係にはすでにラナの捜索が入った後だった。

 もし個人の衝動的犯行だったら追いようがない。


 この自分の歩いている方角がキクへと近付いているのか遠ざかっているのか全く分からない。

 歩けば歩くほど焦燥感にかられていく。


 いま、この瞬間にも辛い目にあっていたらと思うと堪らなかった。

 すぐにでも見つけ出してやりたいのに、これ以上どこを探したらいいのか皆目見当もつかない。 



 五角形のマークの看板が視界に入ってくる。皆と毎日のように通っていたフランだ。

 今は視界に入れるのもつらかった。


 前を通り過ぎようとしたとき、あることを思い出した俺はフランへ駆け込んだ。







 あの時、クロは言っていた



『僕と連絡を取りたいときは、フランに言うといいですよ』



 と。

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