日本一

 アム兄達を見送り、家に入る。

 どうにもこうにもムシャクシャがおさまらなかった。


 近くにあったソファを蹴り上げる。

 ソファはひっくり返り俺の足は痛みが走った。それにまた腹が立って剣を振り上げた

「くそっ!くそっ!くそ!」

 怒りに任せてソファを何度も殴る。足が折れカバーが破れ綿があふれ出す。

 原型が無くなるまでぐちゃぐちゃにしてやったが、それでも怒りは収まらない。

 他にこの怒りをぶつける何かがないか探す。

 テーブルの上にカップが置いてあった。あれならどうか。


「あー坊!やめるんじゃ!」


 さっきから聞こえてくるキクの声にまた腹が立つ。


「うっせえ!!」


 カップを手に取り床に叩きつける。心地の良い音とともにカップははじけ飛んだ。


 だったら、このムシャクシャをどうにかしてくれ!


 今のカップの壊れる感じはとても良かったが、手ごたえがなさ過ぎた。

 もっと、重くて大きい物がいい。

 部屋を見渡しショーケースに目をつけた。持ち上げようとするが流石に重い。

 それがまた自分を馬鹿にしているような気がして歯を食いしばる。


 よし、動いた。


 もっとだもっと。これを持ち上げて投げることができれば満足できるかもしれない。

 

「あー坊!もうやめるんじゃ!」

 膝のあたりまで持ち上がったところで、キクが背中にしがみついて来た。


 なんて邪魔な女だ。

 

 振り払おうとしたが、全力を込めてる状態でそんなことをしたせいでバランスが崩れた。

 ショーケースの重さに振り回され、俺達は共に床に倒れた。景気のいい音が鳴り響きショーケースは壊れた。


 気が付くと俺の下にキクがいた。もみ合っているうちに下敷きにしていたようだ。

 頭をもちあげると潤む瞳と目が合った。


「もう、フラン活動なんかやめたほうがええ」


 俺に怯えて震えているのが直に伝わってくる。

 普段ならそんな姿見ただけで罪悪感に苛まれるのだが、今日はそれでも偉そうなことを言ってくるキクにイラッとする。


「うっさい!!」


 怒鳴りつけたら、キクの体がビクついた。


 押さえつけたら何にもできなくなるくせに、力づくで抱いてやろうか。


 そう思った瞬間体がカッとあつくなった。


 ムシャクシャをぶつける対象がキクへと移る。


 そうだよ、コイツ俺なんかと平気で一緒に住みやがって

 馬鹿にしてんのか

 おれだってオトコだ。

 子供だとおもってなめてんじゃねーぞ


 いつもいつも上から物を言いやがって。

 このままめちゃくちゃにして二度と口答えできなくしてやる


 それはとてもいい考えだと思った。

 

 俺は踏みにじられたプライドをキクの前ではどうにか保ちたかった。力があることを示したかった。

 それはこの欲求を満たすための一番の方法だ。



 これでキクに抵抗されたら、俺はムキになっていただろう。


 だがキクは全く抵抗を示さず、伸びてきた腕が俺の頭を包みそっと白い首筋へと誘導された


 は?ちょっと待てよ。


 頭にばっかりあった熱が一気に下半身へと集中した。

 これは良いよってことなのか、俺に抱かれても良いよってことなのか。

 あっさり受け入れられたことにパニックになる。


「……あー坊。大丈夫じゃ。慌てるこたあない。すぐにでっかくなれるからの」


 ヨシヨシと頭を撫でられ、またもや勘違いということに気が付き温度が一度下がる

 床に勢いよく手を突き頭を持ち上げ怒りをぶつける。


「すぐっていつだよ!今すぐだ!今すぐじゃないと意味がない」

「わかっとるよ。ばあちゃんはわかっとる。あー坊は誰よりもすごい男になれるぞ」


 熱り立つ俺に対し、キクの声はのほほんとしていてこのかみ合わない感じにイラッとする。


「適当なことを言うな!根拠もないくせに!」


 キクは小首をかしげ目をぱちくりさせた。

「わしはそう思うておるんじゃから、別にええじゃろが」


「あー坊は日本一じゃ」

 ひきつった俺の頬を白い手が包む。お世辞ではなく完全にそう信じ切っている顔をしていた。


「……んだよ日本一って」


 わかっている。そういう話ではないこと。気持ちは伝わってきている


「んなら、世界一じゃ!」


 俺の意地の悪い指摘にも特に気分を害することもなくちゃんと笑顔で言い直してくれる。

 赤い目が真っ直ぐに俺を映す


 臆面もなく注がれる俺への賛辞



 お前、馬鹿なんじゃないのか。



 今、目の前の男はな、お前を犯そうとしてたんだぞ。


 お前が自分より弱いから蹂躙してみせることで力を誇示しようとしてたんだぞ


 そんな賛辞を受けるほど自分は立派ではない



 キクの手を払った俺は堪らず逃げ出した。




 部屋に籠りベッドに倒れ込む


 ただただみじめだった。




 小っせえ


 体だけじゃない、胆も器も全て小さい


 こんな奴、誰かぐちゃぐちゃに踏みつぶしてくれないだろうか


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