潮時

「それにしても、おまいさんたち本当に強いんじゃな」

 おかげで助かったとキクが笑う。

「あっという間にやっつけて、わしゃびっくりじゃった」


 キクの素直な賛辞がなんだかくすぐったい。

 あれくらい、褒めてもらうほどの敵ではない。


「あー坊も、前は一緒にオオカミに追いかけられて泣いておったのにの」

「はあっ?泣いてねえし!」


「泣いとったろうが「喰われる喰われる」と言って真っ青になっておった」

「それはっ!」


 たしかに記憶にあるが。でも泣いてはなかった!はず!


 皆の視線をうけ、ムキになる自分を恥ずかしく思い「フン」と言って聞き流すことにした。



「夜も一人じゃ怖くて眠れないって言うもんじゃからの、しがみついて来るあー坊の背中をさすって一緒に寝たもんじゃ」


 ぶぶぶぶッ


 キクの爆弾発言に思わず口の中身を吹き出してしまいそのまま咽る。


 一人で怖くて眠れないって……

「それはお前だろ!」


 なんで俺の話にすり替わっているんだ!


 とんでもない誤解だ。


「アトルちゃんって甘えん坊だったんだ」

「ちがうっ誤解だ」

 かわいーと言うニフェに異議を申し立てる。


「アトルっち、だいたーん」

「いや、だから……」


 それは、ちょっとあってる。未遂でおわったけど。



「そういえばアトルは誰か好きな奴とかいるのか」


 アム兄の奴!

 なんてパス出しやがる!

 ニマニマしながらこっちを見てくるあの顔をぶった切ってやりたい


「なんでそんなこと言わなきゃいけねえんだよ!馬鹿じゃねえの」

 俺が超動揺していると、此方をみるキクの顔がニヤーと笑った。


「わしゃあー坊の好みを知っておるぞ」


 は?


 いきなり何を言いだすんだ!?


「え-聞きたーい」


 ニフェの催促にキクがよしよしと、とっておきを教えるように前かがみになって語りだした。


「あー坊はああ見えて年上が好きなんじゃ」


「ほうほう。年上がねえ」と皆の顔がにやけ顔だ。俺とキクの歳はそんなに変わらないと思うのだが身長差から皆完全にキクが上だと思っているようだ。


「こう乳がボーンとあっての」

 続いてキクが胸のふくらみを手で表現した。


 ……ん?


「おしりもぷりぷりっとしておっての、とても色っぽいおねいさんが好みなんじゃ」



 一体誰の事を言っているのか想像に難くなかった。



 まさか、キクにそんな風に思われていたなんて!


 確かにあの時、色香の魔法にかかっていたけど。

 最後は円満解決したのですっかり忘れていたがよくよく思い返すと俺は最低だった。

 いくら操られていたからといってもあの女の指示でキクに切りかかったのだ。


 頭が段々と下がっていく。

「あーアトル、まあなんだ、がんばれ」

「ドンマイ」

 頭を抱えてうつむく俺の背中を皆がやさしく叩いて同情の言葉をかけてくる。


 最悪だ。今度クロにあったら一発鳩尾にくらわせてやる。

「一体何ですか」と聞いて来たら無言でもう一発追加しよう。そうしよう。








 この日の狩りはとても楽しかった。

 報酬もでない討伐歴にも残らない狩だったが本当に楽しかった。




「……なあ、もう十分じゃろうが」

 皆で囲んでた火も小さくなり、会話も途切れ途切れになってきた頃キクがふとそう呟いた。


「そろそろ潮時じゃないかね?」


 夕日が沈み辺りは夕闇に包まれていた。


「最近のおまいさん達見てるとちいとも楽しそうじゃないぞ」

 

 ゆっくりと全員の顔を眺めたキクは静かに立ち上がり席を外していった。





 ◆





 真ん中の火がパチパチと音を立てる。取り残された俺達は静かにその音を聞いた。


「楽しそうじゃない……か」

 アム兄が沈黙を破り口を開く


「お菊さんよく見てるわよね」

 ため息と同時にベラも声をだした。


「……そうだね。楽しくないよね最近」

「いがみ合ってて、嫌な思いばっかり」


 皆、そのまま心の内を話した。


「これからどうする?」

「Ⅱ群目指すのやめるか」

「そうだね。別に士官目指しているわけでもないし」

「うん。皆で狩が出来ればそれでいいもん」

「今日の狩りは久しぶりに楽しかった」


 アム兄が皆の意見をまとめる

「なら、特殊モンスター狩りはやめるってことでいいんだな?」



 方針は決まったのに誰も頷かなかった。


「止めるのはいいんだけどさ、なんだかな」

「うん。そうなのスッキリしないの」

「なんだか癪よね!」

「ここでやめたら、あいつらに屈服したようでいやだ」

「そうだな。なんとか一矢報いてやりたいよな」


 折れかけた心に闘志の火がついた。


「じゃあ、あと一回特殊モンスター狩りを成功させた後、手を引くってことでいいな」


 アム兄の提案に全員が力強くうなづいた。





 この後、このメンバーで楽しい狩が行われることも、再びバーベキューを囲むこともなかった。


 この日の事を「あの頃は楽しかった」と語る日が来ることをこの時の俺達は知るよしもなかった。



 ただ、俺達の結論を聞いたキクが「その最後の一回は必要ないじゃろ」と反対していたのは覚えている。「悪いことは言わん。今やめた方がええ」と。

 だがどうしても引けない事情があると説明する俺達に

「わかっとるよ。有終の美を飾りたいと考えておるんじゃろ?じゃがそういうのは大抵上手くいかん。どんどん引けなくなってドツボにはまるのがオチじゃ」と言っていた。 




 キクの先見の明は確かだった。

 キクだけは見えていたのだ。この悲惨な結末を。

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