出身地

 この日、次に狙うモンスターをどれにするか話し合うためキクの家に集まった。


 モンスター図鑑をテーブルに広げ、それを皆で囲む。

 旅立つ前には必ずこうやって打ち合わせをするのだが、ソタロールの奴等の事が頭をよぎるのだろう、全員黙ったまま口を開かなかった。



「なんじゃ、さっきから話が進まないようじゃの」

 重たい空気の中、事情を知らないキクが明るい声で割って入ってきた。


「手が空いてるなら、わしと一緒にキノコ狩りに行ってくれんか」

 突然のキクの提案に、皆顔を上げる。

「一人じゃもんすたが怖くての、皆が付いてきてくれると心強いんじゃが」

 皆顔を見合わせ笑顔で頷く


「いいわよ!」

「他でもないキクさんの頼みとあれば」

「断れないよねー」

「喜んでお供します」



 次の日の早朝、キク主催のキノコ狩りが決行された。


 キノコなんてなかなか見つからないだろうと思っていたが、その気になれば案外すぐ見つかる。


 足元の腐葉土をまさぐってみるとあるのだ。木の根のだったり倒木の上だったりとあちらこちらに生えている。


 見つけたらキクの所へ持って行けばこれは駄目、これは食べれると鑑定してくれる。


「おキクちゃん、すごくくわしいね」

 ニフェが感心して言うと「どうじゃろか」とキクは首をかしげる


「食べれると知っているものだけ採ってるだけじゃ。昔よく採ってたからの」


 そういって、皆が持ってくるキノコを仕分けしていく。食べれないと判断されたものはガンガン捨てられる。


「もしかしたら、捨てたものの中にも食べれたものはあるかもしれんが、分らんもんは食べないに限るんじゃ。わしが小さい頃、違うの採ってきたら親に叱られとった」


「キノコにあたると死んでしまうからの、おまいさん達も自信がない時は食べん事じゃぞ。」



「たしか柄が縦にさけるきのこは食べられるんだよね」


 あ、それは俺もきいたことある。


「そりゃ迷信じゃ」

 あっさり否定されて驚く。でもよく聞くぞ?この話


「例えばこのキノコはドクツルタケって言って食べたら血を吐いて死んでしまうんじゃがの」

 そう言ってキクが手に取ったのは先程からよく目にする白いキノコ。

 キクに持って行ったら吟味することもなく即捨てられてしまう。そんな恐ろしいキノコだったのか。

「ほれ、裂いてみい」と手渡され裂いてみる。

「あ、縦に裂けた」

「じゃろう?」


 誰が流したんだよこんな迷惑な迷信!

 ちなみにこのドクツルタケ、味も美味しいらしい。一体なんの罠だ。



 そうして鑑定するキクの動きが突然止まった。ゆっくりと手が伸ばされ、とある一本を頭の上まで持ち上げた。


「おおおお!これは!松茸じゃあ!!」


「高いものだと一万円はするぞ!」

 ……一万円?一万ドパってことか?あんなキノコ一本でそんなに!?そりゃすげえ!


「よう見つけたのお!」とキクにべた褒めされたベラは「偶然よ!偶然!」と言いながら超ドヤ顔をしていた。


 なんか悔しい。


 

 ベラに負けまいと夢中になってキノコを探していると、角イノシシと遭遇した。

 イノシシではあるのだが、額に尖った角が生えている。


 その角を向けてこちらへと突進してくるので剣を抜き迎え撃つ。

 素早くかわしすれ違いざまに下から斬り上げる。

 アム兄も同じく反対側を斬りつけたがイノシシは倒れなかった。

 イノシシの勢いは全く止まらず血を吹き出しながらも馬鹿みたいに直進していく。

 最悪なことにその先にキクが立っていた。


「避けろ!」

 とは言ってみたものの、ニフェやベラならともかくキクには絶対無理だ。案の定後退一歩目で躓き転んだ。


 血の気がひいた。


 どう頑張っても間に合わない。俺とアム兄の叫声が響く。


 キクに突っ込む直前、イノシシの目に矢が突き刺さった。

 イノシシの悲鳴が上がり、危機一髪で軌道を逸らすことに成功。

 立て続けに矢が耳元と胸に刺さる。ニフェだ。


 キクに駆け寄り「大丈夫か?離れるぞ」と手を引いたが立ち上がろうとしない。

「オイ、急げ。ここにいると邪魔だ」と催促すると「こ、腰が抜けた」地に這いつくばった状態で俺を見上げてきた。


 マジか。



 弱すぎるだろ

 こんな状態で毎回一緒に行きたいと言ってるなんて聞いてあきれるぞ。


 こうなったらイノシシの方を遠くへ誘導するしかない。

「あー坊!」

 心配して縋りつくキクを振り払ってイノシシへと向かう。


 こっちだ!こっちに来い!


 挑発して俺の方へと気を引く。すると一直線に俺の方へと突撃してきた。

 キクの悲鳴のような声が聞こえてきたが、この程度の攻撃なら軽くかわせる。

 真っ直ぐに向かってくるだけなのだから避けやすい。避けながら反撃する余裕すらある。


 イノシシは体中に何本もの矢を受け、俺とアム兄が何度も斬りつけてもなお、倒れなかった。

 強いというより、タフだ。


 散々血をぶちまけながら爆走を続ける。


 ベラの魔法?そんなの却下だ!丸焦げになったら勿体ない。


 不死身かコイツと思い始めたころ、ついにその体が倒れた。足は倒れてもなお、宙を走り続けていたがしばらくすると全身を痙攣させて動かなくなった。


 今晩のご飯が決定した。




 ◆





 予想外のご馳走が手に入り皆ホクホク顔だ。

 早速イノシシを持ち帰りバーベキューの準備をする。

 俺、バーベキューは初体験だ。



 俺とジルで石を積み上げて簡易のカマドをつくりあげる。上に乗せる鉄板は倉庫から適当に見繕ってきものだ。


 そのかまどに、ベラが杖をかざし火をつける。

 それを見たキクが大変驚いていた。


 あれ?そう言えばキクは魔法を始めて見るのか?


 キクの驚く様子を見てちょっと得意げな顔をするベラ。


「最近のマッチは大きゅうなったのお」


 キクは火が付いたことではなく、マッチの大きさに驚いたらしい。


「マッチじゃないわよ」

「そねえ大きいと持ち運びが大変じゃろうに」


 ベラの否定もキクの耳には入らない。もうキクの中ではあの杖は完全にマッチ認定された。


「だからマッチじゃないって!」


「ベラの場合マッチで間違いないよな」

 火の魔法しか使えないしとアム兄がこそっと耳打ちしてきて、ぶっと吹き出していると「聞こえてるわよ!」と鬼の形相をしたベラがこちらを向いたので、直ぐに解散した。


 アム兄とニフェがせっせとイノシシを解体していく。倒してすぐ内臓は取り出してある。内臓はすぐ腐るうえ、腸の中の便がぶちまけられたら肉全体に臭いがつくから速やかに取り除くらしい。


 アム兄達の手さばきは見事だった。迷いなく解体されていく。

「小さい頃から嫌というほどやらされているからな」

 

 アム兄達はクマリン周辺にある小さな村出身らしい。

 そこでは食べ物はほぼ自給自足。獲物を狩、家畜を育て、畑で作物をつくり生きている。

「おかげで、子供も大人も関係なく朝から晩まで働いていた」

「ジル兄も?」

 確か幼馴染と言っていた気がする


「俺は教会育ちだから、狩とかはしたことはないかな」

「いいよなあ。ほぼお布施だろ?」

「ちっとも良くないよ。神の教えで強欲は悪としてるから、それはもう質素な生活してたよ。断食の日とか意味わかんない」

「ジル兄ガリガリだったもんね」

「お肉をお腹いっぱい食べたいっていつも思ってた」


 そう言ってジル兄は焼かれた肉をホクホクと頬張っていた。

「エセプロスタンめ」

「関係ないねー。肉食べてもちゃんと神聖魔法つかえるしー」


 イノシシの肉は脂がたっぷりで美味かった。畑でつくった野菜も、山で採ったキノコも美味い。

 茶色い甘くてしょっぱいキク特製のソースの味がまた絶品だった。

 これソースだけでもご飯が食べれそうだ。


 外で食べるって言うのがなんともオツである。


 狩に行けば外で飯なんてよくあるが、堅いパンや干し肉等の携帯食料を食べておわる。

 そんな中キクのお弁当は本当にありがたい。

 味気ない携帯食料を食べる時とキクのお弁当を食べる時じゃあ、皆の口数が全然違う。


 今日のバーベキューはお弁当の時以上に皆よくしゃべり笑っていた


「アトルちゃんはずっとクマリン?」

「いや、俺はフェナントレン出身」

「フェナントレン!」

「へー!都会っ子なのね!」

都会っ子……。まあクマリンとは比べようもないほど大きかったが。


「フェナントレンって言ったらあれだろ?シン皇子が治めていたところだろ」

「そうそう、フル皇子と王位継承権の取り合いをして殺されたシン皇子!」

「賊に襲われたんだっけ?」

「あれはフル皇子の差し金だっていう専らの噂だけどね」

「いくら盗賊でも何にも無しに皇族一行を狙わないだろうしなあ」

「皇族って怖いねえ。実の弟殺して自分はちゃっかり皇帝の座についてるんだから」


「どうしてクマリンに?」


 それを聞かれると辛い。

「それは……えっと、いろいろあって……」

 言葉を濁すと、皆俺が孤児だと言うことを知っているので追及しないでくれた。


「お菊さんは?」

「わしは生まれも育ちも日本じゃよ」


 あ、まずい。


「ニホン?」

「聞いたことないな」

「どこにあるの?」

 そりゃそうだ。クロの世界地図にも載っていない国だ


「やっぱり皆知らんか。まあ小さな島国じゃからの」

「へー」


 ニホンって島国だったのか。


「俺どこかで聞き覚えがあるんだけど」

 どこだったかなあとジル兄が首をかしげる。


 まじで!一体どこで!?

 おそらくもう滅んだと思われる国だ。


「ごめん。思い出せない」


 期待を込めた目で見つめていたが結局なにも出てこなかった。


 謎の国「ニホン」


 いままでクロとキクの口からしか聞いたことなかったが、ジル兄も聞いたことあるのなら確かに存在していた国なのだろう。




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