睨まれる
数日後、また呼び出しをくらった。
ラナを通さずこの家まで、使いがやって来たのだ。
やっぱり前回のこと根に持たれたか。今度こそ打ち首にするつもりなのかもしれない
青くなる俺の横でキクはのん気に焼き菓子を焼いていた。
◆
侍女に案内されながら城内を歩く。このまま牢へとご案内ってか。ははっ
もう乾いた笑いしかでないわ。
俺達は謁見の間ではなく、牢でもなく、庭園に連れていかれた。
見事なバラが咲き誇る庭園に置かれたテーブルにワルファ様はいた。
「遠いところようこそ」
ちゃんと聞こえる声でキクに椅子をすすめてきた。
「おお!お招きありがとの!手紙に書いてあった通りクッキー焼いて来たぞ」
「ありがたい。前回もらったクッキーの味が忘れられなくてね」
お抱えシェフに作らせたりあちこちからそれらしいお菓子を集めてみたんだが、あれにかなうお菓子は見つからなかったそうだ。
それでどうしてもまたあのクッキーが食べたくてキクを呼び出すことにしたらしい。
まあ気持ちはわかるけど。あのクッキーは一度食べたらクセになる。
ラナが一時期それ目当てに通い詰めたくらいだ。
アム兄が泣きながら食べるくらいだ。
ただ相手は前回無礼を働いたキクだぞ?
いいのかよ。
早速侍女の手によってお茶の準備がされる。
キクの持って来たクッキーとオマケで持って来たカップケーキも一緒に盛りつけられて出てきた。
本来なら付き人である俺は後ろで立って待機となるはずなのだが、キクがどうしてもと言い張り俺にも椅子が用意された。
どこの世界に下人とお茶する王様がいるんだ。俺も頑なに断ったのだが「そねえ嫌なら帰ろうかの」とキクが言い出し、結局俺も席に付くことになった。
ワルファ様はこういう事をあまり気にしない人のようで助かった。
それにしても今日のワルファ様は普通だ。
声のボリュームも普通だし、顔の表情も動きも普通だ。
「今日は普通じゃの」
キクーーーーー!!
俺の心の中をそのまま口にされて焦る。
「どうも大勢の前で話すのが苦手でね」
キクのストレートな意見にワルファは気を悪くすることもなく答える。
「実は私が帝国に戦わず降伏したせいで皆に恨まれてな。謁見の度、何かと睨まれるようになりどうにも萎縮してしまうのだ」
「まあ自業自得なのだが」と元クマリン王は肩をすくめた。
「わしらも睨んでいるように見えたのかの?」
「いや、さすがに君は睨んでいるようには見えなかったが……」
そういって苦笑する。
まあ睨んではないが小馬鹿にする行為だったよな。
「他の者たちは睨んでいたように思う」
そう言われて驚く。
いや、俺睨んでないぞ?
「……おまいさん、無血開城したこと後悔しておるのか?」
またしても遠慮のないキクの問いに、ワルファ様はたっぷりと時間をかけた
「今となってはよくわからん」
ミルクティーを一口飲み息を吐きながら元王は答えた
「最初は戦うつもりだったんだがな」
「イミダゾールから使者がやってきて『絶対勝てない』と言われてしまった。だから手を貸そうと。恐ろしいことにその使者はなぜか遠く離れた帝国の動きもこちらの手の内も全て把握していた」
「このままだと負けることは理解した。でも彼らの手を取るのは怖かった。イミダゾールは異教徒の国だ。手を取ることでプロスタ・グランジン教の不興を買うのも怖くてな。結局戦わず全面降伏という道をとった」
「今となってはわからぬ。悪魔の手はどっちだったのだろうな」
よくよく見れば、この城は豪華な調度品も使用人の数も少ない。
これは帝国に相当絞られてんな……。
一人息子を人質に持っていかれ、国民には恨まれ、帝国にはいじめられている。
このままだと、いつか帝国に飲み込まれるだろう
そんなこともあって警戒心が強くなってんのか。
たかだかパンが売れたぐらいで怯えているもんな。付け入られる隙をつくらないように気をもんでいるのだ。
苦労してるなコイツも。
「わしは宗教とか政治とかようわからんからの」
この深刻な話を、お茶を飲みながらキクはゆっくりとした口調でうけとめていた。
「でもおまいさんのその判断、案外皆高く評価しておるぞ」
「まさか」
気休めはいらないと鼻で笑う。
「下手に抵抗した国は悲惨な事になっておるらしいからの」
「国民皆無事だったんじゃ、不満が言えるのも睨んだり出来るのも生きててこそじゃ。おまいさんは胸張っときゃええ」
キクは穏やかに微笑み頷いた。
その笑みには母親が悩んでる子供の背中を押すようなそんな力強さがあった。
この時初めてうつむき加減だったワルファの顔がはっきりと上げられた。
見開いた目に光が宿っていくのが、見て取れる。
……そうか。
コイツは無血開城をずっと後ろめたく思っていたのか。
そのせいでどんどん顔が下を向き、皆そんな王様の声を何とか聴き取ろうとして凝視するもんだからそれが睨んでいるように見えて更に下を向くという悪循環がおこっていたんだ。
すごいな。キク。
たぶん俺らの父親より歳上だ。それがこんな女の子に諭されている。
キクのおかげで今やっと、この人は顔を上げることができたのだ。
元王様は感極まったのか片手で目元をかくしていた。
相当悩んでいたんだろうな。
◆
「アジス殿は健在か?」
感情の高ぶりが落ち着いてきたころ、流石に気恥ずかしく思ったのか、突然話題転換してきた。
だが、よくわからない内容に首をかしげる。
「君は、山の中腹にある屋敷に住んでいると聞いたのだが違ったか」
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