クマリン王
久しぶりにラナから連絡があった。
元クマリン王の耳に白パンの噂が入り、クマリン城へ呼び出しがかかったらしい。
早速白パンを献上しに赴くのだが、一応発案者であるキクも連れて行くべきだと判断し俺達に声をかけてきたってわけだ。俺も一応キクの使用人として一緒について行くことになった。
元とはいえクマリン王。
後ろ盾となってもらえればこんなに心強いことはない
そういうわけで気合の入ったラナ一家の手によって俺達はきっちりと正装させられた。
ラナはキクがあまり華美な物を好まないことをちゃんとわかっており、裾の方に小花の刺繍がされたロングスカートと、同じように袖や襟に刺繍の入ったガウンタイプのアンサンブルをキクに選んでいた。
深窓のご令嬢のようでこれはこれで可愛い。
アム兄の時と違いキクもこれには抵抗を示さなかった。
俺も襟付きの服をきせられる。首が締まって苦しいのでボタンを外そうとしたら即叱られた。
ラナの目が血走っていて怖い。
「くれぐれも粗相がないように!」と念をおされクマリン城へ出陣した。
そして今俺達はクマリン城の謁見の間にいる。
目の前にはクマリン城当主ワルファ=リンその人が座っていた。
なんというか、噂通りの人物だった。
臆病者を絵にかいたような顔をしている。
心なしか顔はげっそりしていて、目がかなりのスピードで瞬きしている。
目を合わせるのが怖いのだろうか、全然こっちを見ようとしない。
そして決定的に声が小さかった。
第一声の「面を上げい」からしてもう聞こえなかった。
え?今何か言った?ラナ達と目配せをしながら恐る恐る顔をあげた。
声ちっさっ!
その後もぼそぼそと何か言っているが
聞こえねえ!聞こえねえよ!!
「すまんが、わしゃ耳が遠くてのもっと大きな声でしゃべってくれると助かるんじゃがの」
キクーーーーーーー!!!
冷や汗が噴き出した。
「無礼な!ワルファ様の声が小さいと申すか!?」
側近の声のボリュームが耳に気持ちいい。
小さいと申すもなにも、自分も小さいと思ってんだろうが!
「誰もそんなこと言っとりゃせんじゃろが。わしの耳が遠いからすまんのと言っとるんじゃ。なんじゃ?おまいさんは声が小さいと思ったんかの?」
一斉に視線が側近に向き、男はたじろいだ。
「ち、ちがう!私は決してそんなつもりは……」
墓穴を掘った禿オヤジは小さくなり引き下がった
なぜか同時に元クマリン王の声も更に小さくなった。
どうやら自分の声の事を二人に指摘されたことで縮こまってしまったようだ。
クロは高く評価していたがコイツは「売国野郎」の評価の方が正しいわ。
キクにビビってるようじゃあ駄目だろ。
ほとんど聞き取れないのでなんとか唇を読もうとして皆必死で元クマリン王を見る。
かろうじて読み取れた内容は、最近白パンが流行りクマリンの外からも買いに来ているようだが大丈夫なのか?あまり刺激すると帝国が怒り出すのではないか?という内容をブツブツ言っているようだ
面倒くせえなコイツ。
美味しいもの売って怒り出すわけないだろ。
怒るとしたら売り出すことじゃなくてその後のお前の対応のせいだろ
俺ならラナの店ごと国で抱え込んでやるけどな。
これを材料に巧いこと立ちまわる良い機会だと思うのだが。
たぶんラナもそのつもりで来たんだろうが後ろ盾どころか、このままだと禁止されかねない。
コイツの憶病風のせいで、そんなことになったら堪らない。
どうにか考えを改めてもらいたいのだが、コイツと会話ができる気がしない。
いまだにブツブツ何か言っているが、本当何言ってるかわからないぞ!
ワルファの口から視線を外し前を見ると、さっきまで目の前にいたはずのキクがいなくなっていた。
へ?
驚いて視線を動かすと、キクは「聞こえない」と耳に手を当て首をかしげながらじりじりと近付いていっていた。
ひいいい!
止めに走ろうかと思ったが、少し気づくのが遅かった。キクはすでに玉座の階段に足をかけている。
俺が下手に動くことで近衛兵を刺激してしまうかもしれない。
恐る恐る周りの様子をうかがう。
止めるはずの近衛兵はキクの姿を見ながら笑いをこらえてプルプルと震えていた。
こりゃ駄目だ。きっと日常から陰で馬鹿にされてるぞコイツ
「んん?」
耳に手を当て眉間にしわを寄せるキクは、玉座の手前まできていた。
「おい止めろよ」「お前がとめろよ」みたいなやり取りをしているのが近衛兵の顎の動きでわかる。
笑いをかみ殺しているのも。
おそらく、キクの行動はここにいる奴ら全員の気持ちを体現してくれてるのだろう
誰一人動こうとしない。
「もう、下がってよい!!!」
しびれを切らしたワルファが叫んだ。その声は謁見の間中に響き渡った。
「おお!!今のはよーっく聞こえたぞ!」
キクが大きく頷きながらワルファを褒める。
どこかで誰かがぷっと吹き出すのが聞こえてきた。
「今日は特別に焼き菓子持って来たからの」
そんな空気の中、俺のご主人様は小さな包をワルファの前に差し出した。
流石に先程の禿が前に立ち妨害する。
「なんじゃ、おまいさんも欲しかったんか」
笑顔のキクにほれとお菓子の包を差し出され、男は思わず受け取っていた。
あたふたしている側近をよそに、もう一つの包を取り出し玉座の方に差し出すキク。
慌てた側近は規定通りなんとか王の代わりに受け取ろうと手を伸ばす。
「もう持っとるじゃろ!食い意地張りすぎじゃ!」
そんな禿をキクはめっと叱った。
まさか、小娘にそんな叱られ方されるとは思っていない禿オヤジは面食らって動きを止めた。
周りの奴らは必死に笑いを堪えている。
完全にキクのペースだ。
王様はキクの勢いに押されお菓子の包を震える手で受け取っていた。
ここを「無礼者!」と一喝して包ごと叩き落としたら見直すのだがそんなこともなかった。
こうして白パンの件は、なあなあのまま謁見は終わった。
「奇跡だ……無事に城から出ることができた」
「キク…コワイ…キク…コワイ」
「心臓が止まるかと思った」
城門くぐった瞬間、俺とラナは膝から崩れ落ちた。
クマリン王の後ろ盾とかもうどうでもいい。生きて帰れてよかった。
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