横恋慕(アトル視点)
家に帰ると、深夜にも関わらず、いつも通りの笑顔でキクが出迎えてきた。
キクの用意してくれたお風呂に入り、夕飯を食べベッドについた。
今日は皆うちで泊りだ。
明日はまたクロに剣を教えてもらおう。
あのみんなで苦労して倒したムカデを一刀両断出来るクロはやっぱりすごい。
クロが師匠であることに誇りに思いながら眠りについた。
次の日、目が覚めたらお昼になっていた。
帰ってきたのが深夜だったというのもあり、他の皆も似たようなものだった。
起きた時にはドロドロだった服が全員分綺麗になって畳んで置いてあり、お昼御飯が準備されていた。
……やはりクロが一番遅いか。
遅めの昼飯にも姿を見せなかった。
まあ、クロだしなあと諦めていると、おやつの時間に珍しくキクが「クロ助~」と部屋をノックしていた。
「おやつができたぞ~?一緒に食べんか?」
いつもなら帰宅してきた日は黙って寝かせているのに今日はどうした?
きっとまだ寝てるだろうに。
「なんでじゃ!下で食べたらええじゃろが」
キクの声が聞こえてきて、クロが起きていることがわかった。
リビングでおやつのプリンを皆で囲んだまま、二人のやり取りに耳を傾ける。
どうやらクロは俺達より先に起きていたようだ。
一緒に食べようと誘うキクに「いえ、僕がいてはお邪魔でしょうし」と断っていた。
お邪魔どころか、皆クロの登場を期待して待っているのだが
「大丈夫じゃ。気にせんでええ」と食い下がっていると「僕ああいうのちょっと苦手なんです」と情けない本音が飛び出した。
なるほど、寝ていたのではなく、引き籠っていたのか。
クロは案外人見知りする性格なようだ。
なおも食い下がるキクに「勘弁してください」といって突っぱねていた。結局「後で食べます。とっておいて下さい」と言い残しドアを閉める音が聞こえてきた。
締め出されたキクは「おお、そうかいそうかい。そっちがその気ならわしも考えがあるぞ」と捨て台詞をはいて、リビングへ戻ってきた。
「あ、あの、クロさんは……?」
「ああ! 今後ご飯はいらんそうじゃ!!! あやつの分まで全部食べてしまえ!!」
クロに聞かせるためだろう、大きな声でキクが言い放った。
数十秒の後クロの部屋のドアがひらき、ばつの悪そうな顔のクロが出てきた。
「敵わないなあ。もう……」
苦笑しながら席に着いていた
◆
アム兄がいつものようにキクの隣を陣取りソファの背もたれに腕をまわし俺のものアピールをしていた。
いつもなら、その光景を見るだけで俺のイライラがMAXになるのだが、今日は逆隣りにクロが腰を下ろした。ただそれだけなのに印象がまるで違った。
ベラとニフェの方に座るのに危険を感じ、安全なキクの方に座っただけなのだろうが、すごいなクロ。
アム兄の存在が霞んで見える。
プリンを頬張り「美味しいです」と微笑んでいるだけなのに無駄にキラッキラしてみえた。
その足の長さのせいなのか姿勢のせいなのか、それとも洗練された仕草のせいなのか妙に目を引く。
全くキクを意識していないところに男の余裕を感じさせる。
まあ、実際意識などこれっぽっちもしてないのだろうが。
頑張っているアム兄が哀れに見える。なんかもう、かませにしかみえない。
以前は全く気になりもしなかったが他の皆と混ざると、クロのお茶を飲む仕草が垢ぬけていることに気がつく。他と違い明らかに作法を知っているものの動きだ。
そこで気が付いた。
クロは以前俺を見て「教養がある」と言っていたがこれか!!確かに親にテーブルマナーを叩きこまれた覚えがある。
現に今俺は受け皿を持って飲んでる!ローテーブルだからつい持ってしまっていた。
周りを見ると俺とクロ以外ソーサーは置いたままだし、ティーカップを左手で持ったり両手で持ったりしている。
「作法を知ってる」なんて作法を知ってる者が見ないとわかるものじゃない。
うわー。マジかー。無意識コワイ
とりあえず昔よく叱られていたように、がっちゃんと大きな音を立ててカップを置いてみた。スプーンも適当にそこらへんのテーブルに置いてみる。
妙な背徳感が残った。
しばらくして耐えられなくなったのかアム兄はキクの後ろに腕をまわすのをやめた。
「そうだキクちゃんに渡したいものがあったんだった」
どうやら攻める手段を変えたようだ。
アム兄は髪飾りを取り出し遠慮するキクの髪に自分の手でつけてあげている。
プレゼント攻撃再びだ。
それを受けるキクの顔は困惑顔だ。
アム兄も懲りないなあ
「これは前、嫌な思いさせたおわびだから、お返しはいらないよ」
……なんで今?
絶対クロを意識してるよな。
事情を勘違いしているCCブロッカーにぴりりと緊張が走った。
なにせⅠ群の許嫁を本人の目の前で口説いているのだ。
皆息を飲んでクロの動きに注目する。
「いいですね。すごく似合ってますよ」
そんなことに気が付かないクロはアム兄の髪飾りをつけたキクの姿をみて褒める。
確かにアム兄の趣味は良い。前回の服も今回の髪飾りもキクにとても似合っていた。普通の女の子なら喜ぶこと間違いないと思うのだが、キクにはどうにも受けが良くない。
「いい歳してこんな可愛いもんつけてたらおかしいじゃろ」
「そんなことないですよ。たまには気分を変えるのもいいじゃないですか。折角頂いたんですしこんな機会でもないと着けないでしょう?」
「まあ、そうじゃのお……」
クロに説得されキクはおとなしくつけたままアム兄を振り返りお礼を返していた。
たぶんアム兄には横恋慕してはみたが、歯牙にもかけない許婚の余裕な態度に見えているはずだ。
「そうそう、僕も渡したいものが」
そういって今度はクロがキクへのプレゼントを取り出した。
手渡したのは、茶色い塊と鉋。
なんだこれ?木の塊か?
皆、クロの取り出した謎の物体に首を傾ける。
キクだけが嬉しそうに目を輝かせた。
「鰹節か!!」
「そうです」
「カツオブシ?」
「その茶色い塊なに?」
「カツオっていう魚を乾燥させたものでな、この削り器で薄く削って使うんじゃ」
皆「へえーー」と言ってはいるが、それがなに?って感じだ。
「それを食べるのか?」
「主に出汁で使うもんじゃ。料理の上にのせてそのまま食べることもあるがの」
キクの声が弾んでいる。ウキウキだ。
「今日はうどんでも作ろうかの!」と小躍りでもしそうな勢いで台所へと入っていった。
アム兄のプレゼントの時と打って変わってこの喜びよう。
アム兄が恨めしい顔をして俺の方を見てきた。
いや、俺は言ったぞ。キクはアクセサリーより魚のミイラのほうが喜ぶと。
「手伝います」と言ってキクの後にクロが続く。皆の目には仲睦まじい二人に見えてるのだろうが、俺にはわかる。
……クロのやつ、逃げたな
二人が台所へ消えて行くのを見届けた後、沈黙が落ちた。
本当なら皆憧れのⅠ群にテンションがあがるところなのに、キクの許婚という余計な肩書があるせいで反応に困っているようだ。
「おい、アトル。ちょっと来い」
アム兄が低い声をだし俺は玄関外へ連れ出された。
「一発殴らせろ」
嫌だよ。なんでだよ。
「許婚がいるなら最初から教えてくれたらいいだろ!?」
ああ、そうか、そういう話になるのか
「いや、あれはただフリしてるだけなんだ」
「フリ?なんでそんなことするんだ?」
「女避けのためらしいけど」
「女避け?ならキクちゃんはいいのか?おかしいだろそれ」
「俺だってわけわかんねえけど、本当にあの二人何でもないんだ」
「なんでもない?今だってあんなに仲良く連れだって……何でもないようには見えないぞ」
「それは、クロがキクを巧いこと逃げに使っただけで……」
「ああ、もういい!わかった!もう何もいうな!お前の優しさが逆に心をえぐる!そんな気休めは要らない!!」
アム兄に強めに言い捨てられて、口を閉じる。
ショックだ
信じてもらえなかった。
まあ、俺もクロがあんなに見事にキクを盾に使っているとは思ってもみなかった。
確かに効果抜群のようだ。
ベラもニフェも許嫁に気を使ってかクロに対して一定の距離を保っている。
「でも、ようやく合点いったぜ。キクさんとお前は両想いなのに、どうしてくっつかないのかずっと謎だったんだ。あの許嫁がいるから、お互い身を引いていたんだな」
……何を言っているんだ。この男は
「それで、お前釣れない態度とってたのか。えらいぞアトル」
やばい。
アム兄の奴、ものすごい想像力だ。
完全にメロドラマの主人公にされてるぞ俺。
本当はキクもクロも特に何もないくせに許嫁のふりしてて、俺だけなんだかよくわからない状況にムカムカしているだけなんだけど。
この日、アム兄達はうどんを食べることなくクマリンへと帰っていった。
帰り際「アトル頑張れよ、俺はお前の味方だ」とアム兄に背中を叩かれた。
……なにが。
親指を突き立て、いい笑顔を浮かべて去っていくアム兄の背中を俺は遠い目をして見送った。
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