恋心(アムロ視点)

 はじめてこの家に迎えに訪れた時、女の子は洗濯物を干している最中だった。


 銀の髪が朝の光を優しく弾き、俺達を振り返るその瞳は紅い。

 夢現のようなその姿と、袖を肘まで捲し上げ手にパンツをもつ現実感たっぷりな姿に軽いめまいがおこる


 これは……アトルの奴言ってないな。

 女の子は紅い瞳を丸くしてこちらを見ていた。

 俺達もこんな子がいるなんて聞いていなかったため、お互いに動揺が走る。


 アトルはそのまま何も言わずに出かけて行こうとするので女の子は大慌てで止めてきた。


「一体どこに行く気じゃ」

「別にいいだろ?どこだって」

「いいわけあるかい」

「あれじゃろ!?あそこに登録したんじゃろ!あんなにいけんって言っとったのに!」

「うるさいなあ」

「怪我したらどうするんじゃ!死んでもうたらどうするんじゃ!」

「そんなんアホな奴がすることじゃ!」

「じゃあクロはどうなんだよ」

「クロ助はアホじゃろが!」

「足向けて眠れないんじゃなかったのか!」

「それとこれとは話が別じゃ!」


 ふたりの言い合いは、とどまることを知らず


「あんたらも、そんな馬鹿なマネするのやめんか」

「おい!いい加減にしろって!!」


 こちらにまで火の粉を飛ばし始めた女の子をアトルがつき飛ばした。

 あっコラ、アトル女の子に乱暴は良くないぞ!


「あー坊が不良になってしもうたーーー!!」


 よろりと大げさに倒れ込んだ彼女は地面に伏せて嘆きはじめた。


「前はあんなに素直なええ子じゃったのに!!」


 おーいおいおいと泣く。

 こんなにミステリアスな外見をしているのに。この泣き方はないわーーー

 非常に残念なものを見てしまった気がする。


 もっとこう、涙が頬をハラハラと流れるような泣き方をされたら堪らず抱きしめたくなるだろうに。


「面倒くせえなあもう!!」


 泣き伏せる女の子を前に、アトルは腕を組んでそっぽを向いた。


 そんな二人の姿を見てうちの女メンバーが駆け寄り助け起こしながらフォローに入る。


「心配しなくても大丈夫ですよ。えっと、薬草採取とか、そういうのが中心なので……」

「そうそう!危険な依頼は受けないし、私たちが責任もって送り届けるから!」


 ニフェとベラが危険じゃないことアピールして何とか了承してもらえた。




 次の日アトルが全身甲冑姿で現れて、みんなで大笑いした。

 どうやらこれ着て行かないと、外出したら駄目と言われたらしい。


 笑われて顔を真っ赤にしたアトルが女の子にくってかかる


「ほら見ろ!笑われたじゃないか!大体これじゃあ、うごけねえだろ!」

「動かなきゃええじゃろが」

「動けないとやられるだろ」

「安全なところにおればええじゃろが」

「安全なところにいるなら甲冑いらないだろ」

「でも安全なところにおらんのじゃろ」

「ああ、いないぞ」

「なら甲冑いるじゃろが」

「でもこれじゃあ、うごけねえだろ」


 二人の言い合いは終わりがみえない。


 結局町で胸当てや小手などの装備を揃えてもらえることになり、一端の剣士の装いになった。

 普段着のアトルに不安を覚えてたので、よかった。

 どんなに気を付けていても怪我はあるものだから、備えあれば患いなしだ。







 女の子の名前はキクと言うらしい。

 ばあちゃんと呼んでもいいと言われたが、それはない。

 皆で断固拒否した結果「お菊」で話がまとまった。

 外見のイメージからして「お菊さん」でも違和感があるのだがまあ仕方ない。


 最初は猛反対してくる態度にムッとしたが、いつでも今か今かと自分の帰りを待たれるのは悪くない。

 悪くないどころか、すごくいい。


 見送るときは結界ギリギリまでついてきて、忘れ物はないか、くれぐれも怪我に気を付けるように何度も念をおしてくる。

 最後には、やっぱり自分も行くと駄々をこね始める。すごくかわいい。


 本当にアトルの事が心配で心配でたまらないらしい。


 それを鬱陶しそうに払いのけてアトルは振り返ることなくさっさと進む。


 そんなアトルの姿を見えなくなるまで見送るキクちゃんは、不安そうに目を潤ませきゅっと唇を引き締めている。そんな姿を見せられるととつい肩をもちたくなる。


「おい、アトル。少しは振り返って手でも振ってやれよ」


「べつにいいよ。そんなの」


 アトルの態度は釣れない。



 狩を終え帰ってきた時はそれはもう、嬉しそうに駆けてきて満面の笑みで出迎えてくれる。


 これ、最高だろ。

 代われよアトル。


 そのまま、お風呂に入り夕ご飯を食べて帰るのが日課になり

 たまに泊ってもいく。


 このキクちゃんの料理が驚くほど美味い。

 はじめて食べた時は、あまりのおいしさにおしゃべりする余裕などなく皆夢中で食べた。

 見たことのない料理が多いがそのどれもが絶品だった。


 今日の茶色い衣につつまれた長方形のこれはなんだ?

 一本手に取りかじると、外の皮がパリッ割れて中から肉と野菜でてきた。アトルが言うにはハルマキと言う食べ物らしい。

 驚きだがこれをひとつひとつ自分で作ったのか?すごい手間をかけている

 いつもは丸焼きとか大雑把な料理を口にしているので、キクちゃんの繊細な料理は完成された何かの作品に見える。

 ハルマキのこの外側のパリッと感最高。外側だけでもいいからもっと食べたい。



 俺達が食べたりお風呂に入っている間、キクちゃんは脱いだ鎧をせっせと磨いてくれている。

 汗とか、泥とか、モンスターの体液とかで結構汚れているのだ。

 アトルのだけかと思ったら「ついでじゃ、ついで」と言って全員分磨いてくれる。

 泊ると決まった時は全員分の服の洗濯までしてくれる。

 非常に助かる。

 大体帰ったら疲れ果ててそんなことをしている余裕がないのだ。

 俺達は遠慮なく甘えることにした。



 ある日、ご飯を食べ終わりふと目を向けるとキクちゃんの鎧を磨く動きがとまっていた。

 何か一点を見つめながら眉を寄せていたので、そばに行って覗いてみると

 アトルの胸当てについた深い傷を、白い指でそっとなぞっていた。


 うわっ、ヤバ

 また喧嘩がはじまるぞ。


 帰る前にはジルに治癒魔法をお願いしている。アトルは特に念入りにだ。

 だが、装備の傷はどうしようもない。


 危ないだの反対だのまたヒステリックに言いだすかと思ったが、黙って見つめたまま何も言わなかった。

 アトルが風呂から上がってきても、傷のことは全く触れることなくやわらかい笑顔を保っていた。



 この瞬間、俺の恋心に火がついた。





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