つまらぬもの(アトル視点)

 クロが刀を抜きプロパの方へとゆっくりと歩いていく。


 俺はキクの前に立ち護衛にまわる。


「斬るの?」


 女は両手を広げて笑う。


 こいつは、クロがキクの前で人を斬ることを嫌がっていることを知っててやっているのだ



 キクの前で人を斬りたくないと思う気持ちはすごくわかる。


 キクはこの世界において奇跡のような存在だった。

 どこに行っても裏切りと暴力にあふれているこの世界で、よくここまでお人好しでいられるものだと感心する。


 人を信じて止まないキクは、馬鹿でマヌケだ。

 だが不思議とまぶしい。


 このままの状態で一体どこまでいけるのか、つい見守っていたくなる。


 きっと失うのは一瞬だから。




 クロの腕があればプロパは斬れる。斬ればこの事態は解決する。


 だが、その時点で俺らのゲームは負け確定だ。



 斬っても結局笑うのはあの女だろう。



 だから「手詰まり」とクロは言った。

 誰も傷つけずに、プロパに手を引いてもらう方法が思いつかないと。


 あの女に明確な目的はない。

 強いて言うならクロへの嫌がらせのためだ。

 本当にそのためだけの行動のようなので非常に厄介であった。


 まったく。随分と歪んだ愛情表現だな。


 さっさとクロがキスしてやればいいだろ。そしたら満足して帰ってくれるだろうよ。


 そうクロに言ってみたが、それだけは頑として譲ろうとしなかった。

 なんてわがままな奴だ。


 とりあえず、俺に課せられた課題は

「どうやったら、誰も傷つけることなくあの女を退却させることが出来るか」だった。




 クロが近づくと町の男達が一斉に襲い掛かった。

 あいかわらず何をどうしているのかは判らないが、次の瞬間にはクロの姿は男の壁を抜け女の後ろにあった。


「やっぱり斬れないじゃない」



 女の言う通り、クロの刃はプロパの肌を斬るスレスレで全て逸れていっていた。


 それにしてもクロが後ろに現れても驚かない所をみると、ちゃんと見えてたのか。



 見えた上で動かないとか頭おかしいだろ。


 なんだその絶対的な自信。

 それとも相当性格の悪い嫌がらせか。




 クロがチンと刀を収めた瞬間、女のブラとショーツがポロリと落ちた。




「つまらぬものを断ってしまった」



「……何言ってんのお前」


 俺らの横に戻ってきたクロがキリリとした顔で言うので俺が突っ込むと「一度やってみたかったんです」と笑った。



 状況は一変した。

 色香魔法が裏目にでたのか周りの男たちが鼻血をたらしながらぱいぱいに迫っていた。

 全裸になったプロパは「いやあっ!来ないでっ!やあっ!」と身を縮こませて後退している。




 どちらが言うわけでもなく、俺とクロはハイタッチをした。


 それにしても見事な技だった。

 初めてで、あんな見事に相手を傷つけることなく薄布一枚だけを斬れるものなのか。


「実は猛練したことがあるので」

「何のためにだよ」


「さあ、何のためでしょうね?」


 僕にもよくわかりませんと笑う。

 なんだそれと俺も思わず笑う。


「なかなか活用する機会がなかったので、ちょっと今感激してます」




 クロと俺はなんだかよくわからないうちに、テンションが上がっていく。


 上機嫌で語り合っていると、後ろにいたキクがゆらりと動いた。


 おや?おかしい。



 なんか、キクの周りにオーラが見える気がする。





 そのオーラのすごさに俺とクロは汗を垂らしながらおもわず一歩退く。



 この日ラクタムの町に、最大級の雷が落ちた。




「正座せえええええーーーーーー!!!!」






 ◆







「あれ?自分なにしてんだ?」

「なんでここに来たんだっけ」


 パイパイは逆効果となった色香魔法を解いたらしく、正気に戻った町の男たちは元いた場所へと戻っていった。



 そんな中、俺とクロは鐘塔の最上階で正座をしていた。

 キクに叩かれた頬がヒリヒリ痛い。


 正座をしたまま柱の陰にいるキクとパイパイを黙って見守る。

 柱の陰と言っても端に立っている柱のため裏には足場がなく、角度により若干陰になるってだけで完全に隠れきれない。

 キクは自分が前に立つことで目隠ししているつもりになっているようだが、はっきり言って見えてます。

 だが、俺もクロもそれは黙って横目で覗き見る。


 パイパイはキクから腹巻を受け取り、身に着けた。苦渋の決断だっただろう


 普段二つ折りにして使われている腹巻を長く伸ばして使っていた。

 その姿を見て腹巻ってこんなに卑猥な衣装だったのかと認識を改めた。


 腰の部分は厚く守っているのに、胸やお尻の部分に行くと編み目が伸ばされ薄くなる


 キクが着てもこうはならない。

 下を隠そうとすれば上がはみ出て、上を隠そうとすれば下が丸見えになる。

 なんというギリギリ感。


 パイパイは上と下を必死で手で押さえて、目を潤ませながら一瞬こっちを見た



「あー……。にあってますよ」


 クロもちょっとやりすぎたと思ったのか、そうフォローをいれた。


 その感想は余計だ。むしろ嫌味だ。


 クロの言葉にビクッとなったパイパイは顔を真っ赤にさせてしゃがみ込み「見ないで」と弱弱しい声をだした。



「あほか!!!!」

 こっちにやってきたキクがクロの頭にゲンコツを落とした。



「女の服を斬るとは、とんだ変態じゃ!」


 おっしゃる通りです。


「クロ助はその外套かしておやり」

「えっ」

「か・し・て・お・や・り」

「はい」


 クロは不満がありそうであったが、キクの笑顔の圧力にすぐに屈した。

 言われた通りマントを脱いだクロは、しゃがみ込むパイパイの背中にかけてあげていた。


「ほれ!謝りい!」

「やりすぎました。すみません」


 その場で正座をしてクロが謝るが、かけられたマントをかき抱いたパイパイからはグシュと鼻を鳴らす音が聞こえて来た。

 自然と非難の目がクロに行く「泣ーかせた泣ーかせた、母ちゃんに言ってやろう」てな気分だ。


 まあ、俺が提案したんだけども。実行に移したのはクロなわけだし。うん。クロが悪い。


 目を泳がすクロの顔は「どうしてこうなった」と言いたげであった。


 背中を震わせ続けるパイパイを見て、キクが最終手段にでた。

「クロ助、チューしておやり」



「いやー流石にそれは……」

「ほんじゃあ、責任取って結婚するかね」

「それもちょっと……」


 ぐだぐだと煮え切らないクロを後ろから羽交い絞めにする。


「堪忍しな!」


 女が初めて顔を上げてこっちを見た。泣いた目が赤い。


「アトル君操られてます?」


 焦ったクロがそう聞いてくる。


「ああ、操られてる。すげえ操られてる」


 クロのマントで身を包んで立ち上がったパイパイが本当にいいの?と遠慮がちに見てくるので


「遠慮せんでええ」

「一思いにどぞ!」


 俺とキクは気持ちよくクロを売った。


 駆け寄ったパイパイはクロの唇にそれはそれは熱い口づけをした。


「よし、これで上書き完了だな」


 さっきのキスは思い出しただけでも腸が煮えくり返る

 まあ、おかげで正気に戻れたのだけれど。


「……捕れないわね」


 キスの後、肩に手を置いたまま小首をかしげる。


「っっだから、何度も言ってるでしょう!?」



 非難の声を上げるクロを見て、プロパが嬉しそうに微笑む。


「試しにもう一回。今度はもっと深く」


 女がもう一度キスをしようとしたら、流石のクロも今度は逃げ出した。


 逃げるクロの後ろ姿を見て「ああん。もう!」残念がるプロパに「クロに言い寄るならちゃんと服着てきた方がよいぞ?」とキクが余計なアドバイスをする。


「分かってないわね。男はなんだかんだ言って女の肌に弱いのよ?」


 ……コイツが言うとリアルだ。生々しすぎる。


「それは間違いないがの、自分の妻には身の堅い女を選ぶもんじゃよ?」


 キクの言葉にプロパが言い返そうとしたがそのまま口を閉じた。





「……本当になんなのよ。あなた」


 わけわかんないわ。と小さくつぶやいていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る