頭がおかしい

 ひと段落ついた俺たちは帰路についた。


 何があったかは知らないが、荷車は大破していた。

 幸いハロタンは無事だったので、壊れた荷車だけを買い替えた。

 お金は当然クロ持ちだ。

 前のより値の張る幌付きを買ってくれた。


 さすがⅠ群。


「箱型でもいいですよ」と言われたが重たくなると引くハロタンがかわいそうだ。


 ラクタムの町でもう一泊しようか迷ったが、気まずいのでさっさと帰ろうと全会一致した。

 帰り着くころには夜になってるだろうがクロもいるし大丈夫だろう


 出発するなり後ろで眠ってしまったキクに毛布をかけてやる。

 朝からいろいろあって疲れたな。


「なんか、とんでもない目にあったな」

「すみません」


 疲れたと言いたかっただけで、べつにクロを責めるつもりはなかったのだが。


「よくあるのか?ああいうこと」


 ああやって襲われること。


「……うんざりするほど」



「またすぐ襲ってきたりしないかな」

「大丈夫……と思いますよ」


「彼女遊んでただけですしね」


「遊んでたあ!?あんな大勢巻き込んでか」


 操られている間の事は夢の中の出来事のようで、醒めてしまえばどんどん記憶が薄れていきほとんど覚えていないが、と言うか思い出したくもないが、町の男ほぼ全て操ってなかったか?


「そこが魔法使いの困ったところなんですよねえ」


 直接手を下さないからか、周りの迷惑顧みないのだと。


 ……あれがお遊びレベルなのか


「町の人しかいなかったのが、その証拠です。本気で僕を潰す気なら、手練れを侍らせてきますよ」


 確かに、町の人だけだったな。

 目的もクロを潰すというより、嫌がらせをすることだったようだし。


「彼女が本領発揮するのは猛者揃いの時ですから。環境がそろえば勝てないです」




「遊びでよかったですね。少しでも本気が入っていたら今頃アトル君死んでましたから」

「プロパさんの役に立てたと感激しながらね」


 うへぇ


「助けてくれないのかよ」


「忠告はしました。僕の身は一つなのでおばあちゃん優先です」

「まあ、敵討くらいはしてあげますよ」


 ……言ってくれるぜ。


 ま、俺も、そうしてくれた方が嬉しい。

 間違ってもキクを犠牲の上で助かりたくはない。


 それにしてもプロパ=フェノンは女なのにクロの動きにちゃんと反応してたし、身のこなしもかなりのレベルだった。


「プロパさんの本職は諜報員ですからね。魔法なしでも君よりは強いですよ」


「……詳しいな」

「あれ、言ってませんでしたっけ?」


「プロパさんとは胸が平たい時から知ってますよ?仲間内ではプロぱいって呼んでますし」


 プロぱいとな……


「僕が操れないからってずっと目の敵にされてます」


 へえええ。目の敵に……ねえ。



「そういえば、なんでお前は大丈夫なんだ?」

「僕はすでに支配をうけてるので、精神系の魔法は一切効果がありません」

「は?どういうことだ?」

「まあ、罹らない体質だと思っていてください」


「ふーん。でも効果がないという割には、随分ビビってたじゃないか」

「いやー、万が一を考えると怖くて」


「キスされたらどうなるんだ?」

「彼女の下僕と化しますね。魂に刻印をつけられて、世界中どこにいても彼女の指一本で操れるようになります」


 ちなみにその刻印は一生消せないらしい。


「どんなに生真面目でお堅い人でも皆喜んで彼女の足にしゃぶりつくようになるんですよ?尊敬していた人がヒールで踏まれて喜びのお漏らししてる姿とか見せられたときはショックで……次顔合わせた時が本当気まずかった」


「自分もああなるのかと思うと……」


 俺は身震いした。


「怖いでしょう!?何か計算違ってたらと思うとビビるでしょう!?」


 怖い。まぢ怖いプロぱい。










「今回、アトル君とおばあちゃんがいてくれて良かったです」


 空が赤く染まってきたころ

 クロがぽつりと、そんなことを言い出した。


「特におばあちゃんがいてくれて良かった」


 息を吐いて穏やかに笑う。


「あんなに丸く収まることまずないです」




 プロぱいが言ってたな。クロは口を開く前に殺すのが定石だと。

 俺らの前ではええかっこしいなのだと。


「いつもなら殺してた?」

「はい。確実に」


「イニド姉弟は見つけた瞬間刈ってますね」

「プロパさんはそれを知ってるのでまず近づいて来なかったでしょう」


「……なんで、そんなに殺すんだ」


「一番被害が少なく手っ取り早いんです。相手との口約束なんて全く信用できないですし、裏切られるのがおちです」


「どうせ殺すんです。不安の芽はさっさと摘んでしまうに限ります」



 当然のように言い捨てるクロに、鳥肌が立った。

 引きまくる俺をみて、僕は決して「良い人」じゃないですよと笑う


「Ⅰ群は頭がおかしいって言ってたでしょう?例に漏れず僕も狂ってるんですよ」


 そう独白するクロは、自分自身を嘲笑うように目を伏せた。



「今回不安要素を残しました」

「彼女たちの魔法は厄介なので、殺さなかったことを後悔する日がきっと来きます。そうわかっているのに」



「何故でしょうね」



「今はどこか、ほっとしています」


 そういって空を見上げるクロは清々しい顔をしていた。




 キクが言ってた


 クロは無理していると



 相当



 無理していると






 なんか、わかった気がする



 本当だ。


 これは相当無理してる。





 なあ、クロ



 本当におかしい奴は


 自分がおかしいなんて思わないんだぜ。





 俺の前で正義ぶってたくせに


 キクの前では刀を抜くのさえためらっていたくせに




 何が狂っているだ。


 お前、狂ったフリをして納得しようとしているんだろ。




 そうでもしないとやっていけないのか。


 やるせない気分になった俺は「そっか」とだけ返しておいた


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