ちんちくりん


「嫌です」


 クロが即答した。




「……ええじゃろ~。してやったら~」


 キスの一つや二つ減るモンでもなし。

 ケチじゃのお~。



「全く……他人事だと思って」

 わしの野次にクロはため息をついた



「宿の娘に何度もされとったじゃないか」


「……」

「……」


 にらみ合っていた二人が一斉にこちらを向いた。


「は?」

「何度も?」


「そうじゃよ、ぶっちゅぶっちゅと何度もされとった」


「……」


 女が白いまなざしをクロに向ける


「あー……その話はまた後で聞きます」



「じゃからチューしてやりゃええじゃろが、今更出し惜しみしても仕方なかろ?」



「言っときますけど、あの人にキスされたら魂もっていかれますからね」



「ほほう。あんたそねな上手いんか」


 いきなり話を振られた女はびっくり顔でこちらをみた。


「へっ? ええ、そうね、そうなるのかしら……?」



「クロ助丁度ええ、骨抜きにされたらええじゃろが」


 のお?


 と同意を求めると女は、口を覆い頬を赤く染めて目を泳がせた。



「もう黙っててください」


 話がおかしくなる。と眉間を押さえたクロ助に苦情を言われてしもうた。


 クロ助は本当奥手じゃの。




「懲りないですね。そんなことをしても無駄ですよ。」


「無駄かどうかは、やってみないとわからないわ」


「それに、自力で墜とすのも楽しいものなのよ」


「……それは怖い」



 わしの話は無かったことにされたらしい。





 なんじゃ、この二人いつもこんなやり取りをやっとるのか?



 かっこよさげに話しているが、ただの女の熱烈アタックにつれない男のやり取りじゃ。


 もっと素直になったらええのにの。



 こんな会話続けてもいつまでたっても平行線じゃぞ?

 まあ、本人は楽しそうなので良いか。



 それにしても嫁入り前の女子が腰を冷やしたらいかんの


「わしの腹巻かしてやろう」

 早速着けている腹巻を脱ぎ、寒そうな姿の女に差し出す。


 わしお手製の毛糸の腹巻じゃ!

 二つ折りにしたら丁度良くなるように長めに作った




 女の目が点になり、クロが口をおさえてブッと吹き出す。


「……なんなの?この子」

 目を白黒させながら、腹巻から遠ざかる。


 クックックと笑いながら「僕の許婚です」とクロが答えた




 馬鹿タレ!!!


 今その話を持ち出すやつがあるか!


「は?」


 ほらほら、女の顔色がかわったぞ?


 こんなめんこい女子捕まえて、老婆の方がいいなんて言ったらそりゃ怒るわ。

 同じ土俵に乗せられるだけで屈辱じゃろうて!



「こんな、ちんちくりんが良いっていうの?!」



 ち、ちんちくりん……?


 確かに今は白髪のしわくちゃじゃが、わしだって、昔はそれなりにモテとったんじゃぞ


 恋文だってもらったことあるんじゃからの!


「おーおー。どうせわしゃちんちくりんじゃ

 おまいさんもその内、シワシワのタレタレのちんちくりんになるんじゃぞ」


 寄せる年には勝てんからの


「命短し恋せよ乙女~ってかあ」



 ひょっ


 女が殺意に満ちた目でこちらをにらんできた


 しまった。


 悪乗りしすぎたの。


 つい若さに嫉妬してしまったわ



 バチン




 頬をひっぱたかれたわしはその衝撃で横倒しになる。


 今のはわしが悪かった。


 デリカシーが欠けておった




 女が冷ややかな目でわしを見下ろし、あー坊に指示をだした




「殺して」




 なんと物騒なことをいう女じゃ。


 そこまで怒ることなかろう。


 そんな指示に従うとは思わないが恐る恐る横に立っているあー坊を見上げる。

 さすがのあー坊も動かなかった。


 なんだかえらく顔色が悪い気がするが。目を見開き唇をかみしめて体をガタガタ震わせている。

 大丈夫かの?腹でも痛うなったか?




「アトル。おねがいよ」


 女が肩に手を置き耳元で囁くとあー坊の体が雷に打たれたようにビクついていた。


 ほほう。あー坊は年上好きか。



 ふいに女が後ろへ飛退いた。同時に目の前の景色がブレる。


 体が振り回される感覚の後、クロ助の脇に抱えられていた。


 切りかかってきたあー坊の剣をクロ助の剣が受ける。続けて二、三度剣を交えた。

 いつもとかわらず、クロは余裕そうだ。


「アトル君は完全にプロパさんの虜ですね」


 あー坊を弾き飛ばして距離をとったクロ助は剣を納め前抱きに抱えなおしてくる。


「それでは、遠慮なくおばあちゃんは僕が貰っていきますね」


 転んだあー坊の方を見るわしの頬に痛いくらいクロ助の指が食い込んだ。


 ん?

 視界が黒髪と耳だけになり、口に何やら触れた。



「……っっっ ああああ!?」


 あー坊が叫び声をあげた


「……何やっとんじゃ、おまいさんは」

「もう少し反応してくれてもいいと思うんですが」


 わしの冷ややかな反応にクロが肩をすくめる。


「見てください、アトル君の若々しい反応を」


「フザケンナ!てめえ!!」


 顔を真っ赤に染めたあー坊がブンブンっとクロ助に切りかかった。それをクロ助は軽くかわす。


「アトル君はぜひあのおばさんと仲良くしてて下さい」

「あんな年増絶対嫌だ!」

「メロメロだったじゃないですか」

「はあっ?誰があんな変態!」


 チラリと女の方をみると、二人の言い合いを見てワナワナと体を震わせていた。


 こわいのぉこわいのぉ。

 わし、寝たふりしててもええじゃろか。



 しばらくクロとあー坊のやりあいを黙ってみていた女がカツンと足音を立てた。


「てめえ!よくも、キクを叩きやがったな!!」


 やっとあー坊が女の存在を思い出して、食って掛かった。


 だが次から次へと男が階段の方から現れて女の前に立ちふさがり、わしらの周りを取り囲んだ。


 あっという間に端に追いやられたわしらは、途方に暮れた。

 こやつら、本当にしつこいの。



「アトル君が正気に戻ってくれてよかったです」

「ちょっと相談があるんですが」


「なんだ」


「実は今手詰まりなんです」

「手詰まり?」


 意外そうな顔をして聞き返すあー坊にクロ助が肩をすくめてみせた。


「まあ、速やかに解決する事は出来るんですけどね。問題がありまして」


 そう言ってわしの方を見る。


「……なるほどな」


 あー坊もわしの方を見てうなずく


「なんじゃ?」



「結果、笑うのはあっちだろうなあ」

「でしょう?」

「……おまえ、相当気に入られてるな」


「嬉しくないです」



 わしをほったらかしにして二人は話を進めていく。


 クロ助の要望をうけ「アイツを引かせればいいんだな?」とあー坊がペロリと舌をなめた。




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