忠告(アトル視点)

 憤然としながら町を歩く。



 意味が分からない意味が分からない


 マジで


 意 味 が わ か ら な い




 なんでキクがアイツの許婚になる必要があるんだ。


『クロの女除けのため?』どうだっていいだろそんなこと。


 キクを巻き込むな。




 ただのフリで結婚する気はないというが、どこまで本気か冗談かわからない。


 キクを横から掻っ攫われた気分だ。



 ただでさえ、クロに勝てるものが一つもないのに。


 顔も身長も知識も剣の腕も地位も何一つ敵わない。


 そのうえ、『許嫁』の肩書までもっていく気か


 俺なんかじゃ、太刀打ちできなくなるじゃないか。



 嫌だ。



 絶対嫌だ。


 俺は認めない。



 キクは渡さない。


 誰にも渡したくない。





 クロもクロだが、キクもキクだ。

 なんでそんな頭のおかしな話を受け入れてるんだ。


 一人大爆笑していたがちゃんと意味わかってんのか?


 また何か勘違いしてるんじゃないのか?




『あー坊は可愛いお嫁さん連れてきてもらわんといけんからの』


 キクの放った言葉に唇をかむ。

 クロは良くて、俺は駄目なのか



 キクの馬鹿野郎。



 キクは俺が他の女連れてきても何ともないってことか。

 むしろそう期待している顔をしていた。


 思い出したらまたムカムカしてきた。


「ッカヤロー!!!」


 思わず近くの樽に八つ当たりして蹴りつける。




「あらあら」



 足の痛みと、ふいに沸いた女の声に頭が冷える。


「どうしたの?私で良かったら相談に乗ってあげるわよ」



 振り返ると先日の女が立っていた。


 確か名前はプロパ=フェノン



 即、回れ右をして歩きだす



「つれないわねえ」


 女はふふっと笑いながら俺の後をついてきた。


「ねえ、ボクはクロとどういう関係?」


「……」


「そんなに警戒しないで?少しお話しするくらいいいでしょ?」


「クロがお前には近づくなって」



「クロったら、そんなこと言ったの?」



 無視



「こんないい女捕まえて、ひどいわねえ」



 無視



「ふうん。それでボクはクロに従うんだ?」



 無視



「クロのこと信頼してるのねえ」



 無視



「……クロの方は違うみたいだけど」



 歩む俺の足が弱くなる。



「何にも教えてもらって無いんでしょう?」



 うるさい。



「ねえ、ボ・ク?」



 クスクスと無知を笑われカッなり「うっさいわボケ」と振り返ったら思いの外近くに女の顔があり、焦る。



「私からのちゅ・う・こ・く」


 ルージュの唇に人差し指があてられる。



「クロとは一緒にいない方がいいわ」


「な…に……?」


「どうしてか、教えてほしい?」



「……」


 教えて欲しいに決まっている。アイツが何者なのか。



「あのね」



 耳元にそっと囁かれる。


 心の奥がざわめいた。


 頭の中で警鐘が鳴り響く。



 離れないと。そう思うのに体が動かない



「こういう目にあうからよ?」




 ……もう無理だ。





 体が熱い




 この人の声をもっと聴きたい。



 この人の役に立ちたい



 この人に捨てられたら死んでしまう





「いい子ね」



 撫でられる頭が耳が頬がびりびりとしびれる。



 名前は?と聞かれ痺れる頭で応える


「……そう。アトルというのね」



 この人の唇で自分の名前を呼ばれ胸が震える。



 幸せすぎて涙があふれる。




「聞いてくれる?私のお願い」

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