逃走
「車を出します!乗ってください」
突然、クロ助が切羽詰まった声をだした。
こちらの返事を待たずに、馭者台に飛び乗り手綱を握る
「でもあー坊がまだ来ておらんぞ?」
構わずハロタンを走らせたクロ助は立ち尽くすわしを浚っていく。
かなり乱暴な運転で大通りに出た馬車は街の出口に向かった。
「あー坊はどうするんじゃ!?」
「後でどうにかしますっ」
クロ助のあまりの剣幕に、息を飲み振り落とされないように荷台にしがみついた。
大通りを走っていると奇々怪々なことが起きた。
道行く男たちがわしらを見るなり目の色を変えて襲って来たのだ。
それこそ、荷物を持った男はその荷物を投げ出して、籠を編んでいた男はそれ踏みながらこちらに向かってくる。
クロ助はそれを弾き飛ばしながら、車を全速力で転がす。
「なんなんじゃ一体!?」
「刺客です」
「しかく?」
「僕を殺しに来たんです」
刺客って、出会う男全員が襲って来とるぞ
「おまいさん、そんなに恨み買っとるのか」
「そうですね。よく衝動買いしてます」
本気か冗談かわからん返事をしてくる。
男が三人、荷台に取りついてきた。そのまま荷台によじ登ってくる。
最初に登りきった男が荷台にしがみついているわしにむかって獣のような咆哮をあげながらとびかかってきた。長い足が男の顔面をとらえて馬車の外へ振り切られる。
馬車の外へとはじき飛ばされた男は地面を転がって遠ざかっていった。
残りの二人もよじ登ってきた。
見事な蹴りを繰り出したクロ助がわしを馭者台へ引っ張り上げる。
「代われますか?」
聞いてきておいて返事を待たずに手綱を握らされた。
「無理じゃ!」
こんなスピードの馭者などしたことない。
「まっすぐ進むだけいいです。この道の先に街の出口があります」
男達の拳を避けながらクロ助が応える
町の周りは塀で囲まれており、出るには門をくぐるしかない。
だが見えてきた門は閉まっていた。
「門が閉まっとるぞ?」
振り返るとクロ助が一人を馬車の外に投げ飛ばしたところだった
「僕が斬るので、大丈夫です。ぶつかるつもりで走り抜けてください」
嫌じゃ!そんな危ない橋渡りとうない。
と思うがこの状態の車を止める技術を持ってない。
不本意ながら前進していると 突如、前方の地面が爆発した。
驚いたハロタンが足並みをみだす。わしの馬術ではどうにもできずスピードの乗っていた荷車が左へとバランスを崩し外へ投げ出された。
思わず目をつぶったわしの体は地面を二転三転して止まった。
目を開けると、クロ助に包み込まれるようにしっかり抱きかかえられていた。
「怪我はないですか?」
と聞かれたがそんなんようわからんわ。足腰が震えて力がはいらん。
一体何なんじゃ?
何が起きとるんじゃ?
とりあえずクロ助は大丈夫かなのかと顔を上げた先に、町民たちがとびかかってくる姿がうつった。
「ひっ」
次から次へと男たちがとびかかり、積み重なり人の山が出来あがる。それを眺めるわしはどういうわけか屋根の上にのっていた。
わしを抱えたクロ助はそのまますごい脚力で屋根から屋根へ飛び移っていく。
こんな脚力があればオリンピックに出れそうじゃの。
なんて思う余裕などもなく、続く不快な上下運動に耐えるので精いっぱいだった。
クロ助の足がとまり辺りを見渡すとひときわ高い建物の屋根から更に突き出た相輪のような柱の天辺に立っていた。強い風に煽られクロ助の外套がバサバサ揺れている。
「ひいいいっ なんちゅう所登っとるんじゃ!」
一歩踏み出せば真っ逆さまじゃ。必死でクロの首にしがみつき非難の声をあげる。
「すみません。被害を最小限に止めたいので……」
この言葉を聞いてハッと顔をあげる。
この男、飛び降りる気じゃ。
自分が死ぬことでこの騒ぎを収めようとしておるのだ
「クロ助!早まっちゃいけんよ」
慌てて踏みとどまるよう説得する。こんな若い命を散らしちゃいかん!
「何したか知らんが、まだやり直せる!」
必死に訴えるが、黒い瞳は町を見下ろしたままでこちらを見ようとしない。
「クロ助!」
クロの頬を両手ではさんで無理やりこちらを向かせる。だがクロはどうしても飛び降りる方向を向こうとするのでハンサム顔が歪んだ
「あの、後にしてもらえます? 今真剣なので」
ちょっと迷惑そうに頬に食い込んだ手を外される。
「いいや、今じゃ!今じゃないと駄目じゃ!」
わしも真剣じゃ!
一瞬こっちを見たがまた再び下を向こうとするので、クロの顔の前へと体をずらし視線をふさぐ。
クロ助はわしを避けて右に首を傾けるので、わしも右へと顔をずらし視線をふさぎ
今度は左に傾けるので、わしも左へと顔をずらして視線をふさぐ
「……おばあちゃん、今、ホント、生きるか死ぬかって状況なんです」
だから邪魔しないで欲しいなあと言外にいわれる。
「そんなん、生きる以外にありゃせんわ!死ぬなんて滅多なこと考えたらいけん!」
どうしても視線を逸らそうとするクロに訴える。
「人と話をするときは、ちゃんと相手の目を見んしゃい!」
叱りつけると、やっとこちらを見てくれた。その困惑顔を見るだけで悲しくなり声が震えた。
「ええか?おまいさんはまだまだ若いんじゃ。人生これか……」
クロ助が飛んだ。
説得の途中で、なんでかわしを抱えたまま。
馬鹿タレ!最後まできかんか!
突然襲った自由落下でハラワタが絞られるような感覚に息が止まる。
視界が真っ白になりわしは昇天した。
……もっと心静かに死にたかったの。
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