許婚

「女の人って怖い」


 早急に宿を出てハロタンに餌をあげている横でクロが肩を落としていた



「折角なんじゃ。抱いてしまったらよかったのにの」


「アレは手出したら駄目なやつでしょう」


 ちなみに過去に三回は同じ目にあっているらしい。


「本当最悪ですよ。女性は泣き出すわ、自分は覚えがないわ、周囲からのプレッシャーがすごいわで、散々でした。誰も僕の話を信じてくれないし」


「女の人の虚言ってすごいですよ」


「相手が僕との運命的な出会いから、甘い求婚の言葉、そして熱い夜までを詳細に語り始めたときは、自分の記憶障害を疑ったほどです」


「疑うなよ」と、あー坊がつっこむ。


 いや、女の話を作り上げる技術はすごいんじゃぞ?

 次から次へと願望の尾びれ背びれがついていき原型失い、なんと作った本人すらもそれが真実と思い込む。よくある話じゃ。

 そのうちあー坊も目の当たりにするじゃろう


「一番厄介なのは父親ですね。泣きながら殴られたことがあったので今回もちょっとそれを覚悟しました」




 モテるのも大変よの


「さっさと伴侶みつけて身を固めたらええよ」

「簡単に言ってくれますね」


「わしが、いい子をみつけて来てやろう」


 別にいいと断られたが、早速品定めをはじめる。

 あー坊はさっさと話に見切りをつけて剣の素振りをしに行った。




「あの子にしよう!」


 丁度、女子が前の家で洗濯を干していたのだ。


「……適当過ぎません?」


 そんなことないぞ?

 洗濯物を干す手際の良さをみればわかる。

 ありゃ毎日家事をしている子じゃぞ?


「よし、話をつけてくる」


「待ってください!」と慌てたクロに引き留められる


「大丈夫、おまいさんならすぐ了解がとれる」

「そういう問題じゃなくて、いきなり初対面でそれはないでしょう」


「わしは、祝言のときにはじめて会ったぞ」


「え、あ、そうなんですか?」


「だから、大丈夫じゃ。全部任せとけばええ」


 わしがお節介おばさんになってやろう

 張り切って見合い話を持っていこうとしたら、本気で引き留められた。


 最近の若いもんは、そうやって選り好みしようとするから結婚出来んのじゃ


「そんなことだと、この先女難は続くぞ」

「女難……。そう、女難だ。いいこと言いますね」


 こんなことで感心されても嬉しくないの。



 そんなに「結婚」に抵抗あるなら

「まずは女避けがわりの許嫁でもこしらえてみるのはどうかい」


「婚約」ではなくて「許嫁」。特に何の縛りもなくていいじゃろ?



「そんな利用の仕方したら女の人に失礼でしょう」

「最終的に責任とらされそうですし」


 押されて結婚してしまうなら満更でもなかったってことじゃがの。

 むしろ、それ狙いの許婚じゃ


 それにしても結婚に対して少し構えすぎではないか

 もっと気楽に考えてもええと思うがの


「なんならわしがなってやろうか」


 老婆の許嫁じゃ

 ひょっひょっひょっと自分で言って爆笑しておると


「ああ。ではそれで」


 わしの傑作の冗談を、笑いもせず気怠そうに同意してくる。


「おまいさんは適当だのお」


 呆れて物も言えんわ


「いろいろ面倒くさくって」


「そんなんじゃ一生結婚できんぞ?」


「はっきり言って、結婚する気なんてないので」


「なんでじゃ?」


「一人の方が気が楽ですし、結婚するといろいろと制約されますからね」


 なるほど「結婚は人生の墓場」か。


「若いときはいいかもしれんが年取った時に後悔するぞ?」


 親が死んで一人になって、気が付いたら自分も老いて足腰も弱って誰も相手にしてくれなくなる


 どんなに憎たらしくても家族がいるのといないのとでは雲泥の差じゃとわしの周りじゃあ皆口をそろえて言っておるぞ?



「自分がおじいちゃんになるなんて想像できないですねえ」


「そんなこと言って。あっという間じゃぞ?」


「おばあちゃんが言うと説得力あるなあ」


 そういってクロ助はくつくつと笑っていた。




 ◆




「はああああ?許婚?クロとキクが!?」


 素振りの練習に行っていたあー坊に報告する。


「あくまで振りですよ振り」


 老婆の許嫁とは、財産目的かのぉそれとも保険金目的かのぉ


 わし一人大爆笑だったのだが、あー坊は笑いもせずわなわなと体を震わせている。



(ちゃあんと解放しますから、ほら、彼女に変な虫がつかなくていいですよ?)


 クロ助があー坊に何やら耳打ちをしていたが、あー坊の不満顔は晴れなかった。


「おばあちゃん。アトル君も許嫁になって欲グッ」


 あー坊の拳がクロ助の鳩尾に入り、クロ助は腹を押さえ悶絶していた。


「あー坊には必要なかろ?」


 なんでそんなあー坊の将来を潰すようなことをする必要があるのか。


「あー坊は可愛いお嫁さんを連れてきてもらわんといけんからの」


 期待たっぷりな顔で微笑む。

 それまで頑張って長生きせねばな


 あー坊の顔がみるみるうちに真っ赤になり涙目になり「バッカヤロウ勝手にしろ!!」と駆けて行ってしまった



「なんじゃ?」


 老婆の許婚とか、ちょっとおふざけが過ぎたか?


 クロの方をみると不憫そうな顔であー坊をみていた。


「流石に八十八歳はなあ……」

「八十八で悪かったの」


 好きで年取ったわけじゃないわい


 クロ助のつぶやきを聞き取ったわしはへそを曲げた。


「肩でもお揉みしましょうか。おばあちゃん」


 ふんっ。お願いしようかの



 後日、「おかげで迫ってくる女の数が減りました」とのお喜びの声を頂いた。


 世の中の男を敵に回す一言じゃの。



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