書斎の掃除(アトル視点)
クロが何かをこっそりポケットにしまうのを目撃した。
それは書斎の片づけ中の出来事だった。
書斎は開かずの扉が開くようになった後も荒れたままずっと放置されていたが、さすがに片づけようとキクが言い出したのだ。
昨日あんなに泣いたのだから、もう少しゆっくりすればいいのにと思ったが、体を動かして気を紛らわせようとしているのかもしれない。
そのこと自体には反対する気はないが。
……今、やるのか?
なにせ、荒らした張本人がここにいる。
何を探していたのかわからないが尋常じゃない荒らし方だ。
棚や引き出しの中身に留まらず、それ自体を動かした跡や絨毯を剥ぐった跡まである。
普通、泥棒でもここまでしない。
それだけクロの必死さがうかがえる。
そして、おそらくだがクロは目的のモノをまだ見つけ切れていない。
出来ればクロに物色する機会を与えたくないのだがクロとの秘密厳守の約束があるため、キクに事情を説明できない
「なんだかなあ」
自分はクロの敵なのか味方なのかよくわからない。
警戒しようにも妙に気さくな性格なため、つい気を緩めてしまう。
でも完全に信頼するには謎が多すぎる。
心境的には事情を話してくれたら探すのを協力してもいいと思うのだが。
クロ自身が一線引き、それ以上先に立ち入らせる気がないのだ。
「まったく誰だよ。こんなに散らかしたのはヨー」
「ちゃんと片づけていけよナー」
「本当迷惑だよナー」
俺の悪意たっぷりの嫌味に、何も知らないキクが「そうじゃのお」と同意を返しクロがどんどん小さくなっていく。
「なあ?クロも、そう思うだろ?」
なあ?なあ?なあ?
小さくなったクロを箒でしつこくしつこく掃いてやった。
お昼前にご飯を作るためキクが抜け、俺たちだけ掃除継続となった。
キクがいなくなったのを見計らって、もの陰に入り「例のブツ」を取り出す。
それは、小さく畳まれた紙切れだった。かなり上質な紙で出来たそれをガサガサと開く。
広げてみると腕いっぱいに伸ばしてやっと届くくらい、大きくなった。
さすがにそんな大きなものを広げたら隠れてはいられず、クロに見つかった。
「えっ」
それを見て焦ったクロが自分のポケットを探っていたが、それはもう盗った後だ。
「いつのまに……」
「浮浪児なめんな」
こちとら、このスリ技術に命かけてたんだ。
クロに取り上げられる前に見てしまおうと素早く目を走らせた。
その紙には手書きで紙いっぱいに絵が描いてあり、あちこちに文字が書いてある。
「なんだこれは?」
理解できず、クロに尋ねる。クロは観念したのか俺から取り上げたりはせずその紙を好きに見させてくれていた。
「これは、世界地図です」
それって、キクが欲しがってたやつじゃないか。
まさか自分の家にあったなんて。
「くれぐれも、おばあちゃんには見せないように」
「なんで?」
「よく見ればわかりますよ」
そんなこと言われても、世界地図なんて初めて見るし、おかしいところがあったとしても気付けないぞ?
まず自分の知っているところから探す。
「ヒダトイン帝国ちっちゃ」
ここらでは一番の大国って言われてるのにこんなに小さいのか。
「まあ世界地図ですからね。」
真ん中に大海がありそれを囲むように大陸が連なっている。
真ん中の海に【内海《アセタ・ゾラミド》】、大陸の外側の海に【
ほとんどの国は
外海ドルにつながっている川も同様だ。
外海ドルからのモンスターが上がってきて危険なのでその周辺に国はない
謎に包まれた未知の世界だ。
「滝になって落ちている」とか「魔界が広がっていてそこからモンスターが渡ってきている」とかいろいろ憶測を呼んでいる。
「おかしいだろこの地図」
「なんで
前人未踏の地なはずだ。
俺が聞くと「ああ、そっかそうですよね」という反応を返される。どうやらクロの求めた答えでは無かったようだ。
「本当に誰も足を踏み入れたことはないなら書けないでしょうね」
つまり、すでに人が足を踏み入れているってことか。
この地図は空から眺めてきたのかと聞きたくなるほど、精巧に書かれていた。
驚くべきことに
凶悪なモンスターだらけと思われるが、こんな場所に人が存在しているだけで驚きなのに国まであるのか。
「ここには特殊な人類が住んでいますよ」
「行ったことあるのか!?」
「はい」
驚く俺に余裕の笑顔で頷く。まえのイミダゾールといいどれだけ行動範囲がひろいんだコイツは。
まさか外海ドルにまで足をのばしているとは。
「……なんでも有りだな」
「チートってやつですねえ」
「チート?」
ってなんだと聞いてみたが「いえ、説明出来ないので何でもないです」と返された。
世界地図を見るのはなかなか面白かった。疑問があればクロが丁寧に教えてくれる。夢中になって眺めていると、あることに気が付いた。
ニホンがない。
「おい……ニホンはどこにあるんだ?」
記入漏れか?
「ありませんよ」
「は?」
「日本なんて国は存在しません」
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