世界地図(アトル視点)

「だってキクは、あんなに……」


「だから、僕は止めにかかると言ったんです」



 クロの言ってることがよくわからない


 は?


 え?


 どういうことだ?



 ニホンが……存在しない?


「滅んだってことか?」


 ここらでは紛争は絶えない。小国の興り廃りはよくあることだ


 クロは微笑んだだけで何も答えなかった。


「教えた方がいいんじゃないか」


「あなたの故郷は存在しませんって?」

「それは……」


 故郷を思い、庭の端にしゃがみこんで一人シクシク泣いているキクの姿を思い出して、俺は口を閉じた。


「……知らない方が幸せなことってあるんですよ」

「秘密事項に入れておいてくださいね」


 俺は黙って頷いた。


「それと、前も言いましたがあまり僕に探りを入れないでください」


 どうやら、探し物はこの世界地図なわけではないようだ。

 クロに一杯食わせてやったと思ったのに、なんという肩透かし。

 ムスッと聞き流す。


「本当お願いですからやめてください」と言っているが聞こえない聞こえない。


「……なんかおばあちゃんに似てきましたよね」


 そんな俺を見てそうクロが感想をもらす。


 はっやばい。確かに今キクの難聴がうつってた。



「キクに黙ってるのはいいけど、遅かれ早かれ他で地図を見たらやっぱりバレないか?」


 俺の指摘に「それはない」とクロが言い切った。


「世の中に「世界地図」は出回っていません。その地図は数が限られている上に持ち主全員把握しています」


 俺は目を丸くする。

「もしかして、この地図って……」


「この地図は仲間と共に世界を旅して作り上げました」


 そう答えるクロの顔は誇らし気だった。


 クロのこんな顔を見るのは初めてだ。

 世界を巡る旅がクロにとっていかに充実したものだったかその表情が雄弁に語っていた。


 仲間と共に世界を見て回る。


 まだ人が足を踏み入れていない未開の地への挑戦。

 自分たちの手で白紙の地図に筆を入れていく。


 それはなんと羨ましい体験か。


 男のロマンだ。



「持ってる奴は全員お前の仲間ってわけか」

「そうです」


「お前……」


 仲間殺したのか


 喉まで出かかった言葉を飲み込む。



 聞きたくなかった。


 是非、その冒険談をクロの口から楽しく聞きたいと思ったのだ。

 後日苦難を共にした仲間を殺しましたなど、先に聞いてしまったら全部台無しだ。


 そこは言わなくていい捏造していい盛ってくれていい、自分勝手だと思うが、美しい聞き心地のいい話だけ聞かせて欲しかった。


「おそらく、君の想像であっていますよ」


 ペロリと告白され、気分が沈んでいく。言わなくて良いってのに!


「前の推理もお見事でした」


 そう言ってにっこり微笑んでくる。クロは一体どういうつもりでこんな告白をしてくるのか。

 肝心なことは言わない癖にこういう内容の情報だけ漏らしてくる


「今更ですが、そこまでわかっててよく『僕』に剣を習う気になりましたね」



 本当今更だな。


 理由は単純。キクを守れるようになりたかったからだ。

 ただ、そのためには問題があった


「俺、まったく金持ってないからな。剣を習いたくても報酬がだせない。だから……」


 少し言うのに抵抗があり、頬を染め口をそぼめた


「……お前なら、脅せるかなって」


 思った通りクロが吹き出した。


「だから笑うなっっ」


「いままで教えを請われたことはありましたが、脅されたのは初めてです」


 そもそも僕を脅そうと考えるのは君くらいなものですとおかしそうに笑う。


 まあ、俺もⅠ群だと知った今では頭いかれてるんじゃないかと思うが

 あの時は切羽詰まっていたんだ。


「それでも、危険な賭けだと思いますけどね。大切なおばあちゃんを殺されたら元も子もないでしょうに」


 自分で危険とか言うな。


「そこは心配ない」

「あんた怪しいけど、キクに危害加える奴じゃないってわかってたからな」


「へえ、どうしてです?」


「あんたがクマリンで鞄盗んだのは、キクの為だろ?」


「あの連中はキクの鞄を狙ってた。クロが盗まなかったら、キクは鞄を盗られた挙句あの連中の玩具にさてた」


 そうやって弄ばれて打ち捨てられた女は貧民街ではよくみかけるのだ。



「それは買い被り過ぎですよ。あれは大金に目がくらんだ出来心です」


「これで一生遊んで暮らせると思っていたらガラの悪い連中に囲まれるし、鞄は盗まれるし、まさに踏んだり蹴ったりでしたよ」


 ふん。

 Ⅰ群が何を言う。


「そういうことにしておいてやる」

「そうして下さい」




 クロがキクには危害を加えないと判断したのはもう一つある。


 あの時、この家でクロと目があった時、

 三つ目オオカミに囲まれて助けを請う俺を、無感情な目で見ていた。

 侵入者のこいつにとって目撃者の俺達は物言わぬ死体になった方が都合がいいのだと悟り、俺は絶望した。


 だが、倒れているキクに気づいたクロはあからさまに態度をかえた。



「まだ息はありますね」


 廊下の向こうにいたはずの男の声が唐突に自分の背後から聞こえた。

 キクの元に膝をつき首筋に手を触れている。


 遅れて空気圧が肌をすり抜けていくのを感じ、同時に目に映るモンスターが一斉に倒れた。


 速やかにキクの背中の服を切り裂き、ポケットから何やら小瓶を取り出し中の液体を背中にかける。

 キクが苦悶の表情をうかべた。


「薬です。こうしたほうが治りが早い」


 動揺する俺を腕で制す。

 キクの傷にかざしたクロの手が光に包まれた。

 その光にあてられた傷がみるみるうちに塞がっていき、キクの呼吸も落ち着いていった。


 その手際の良さに舌を巻く。先ほどの俺への態度と随分ちがうじゃないか。



 あれを気のせいと片づけるほど俺は馬鹿じゃない。


 クロは初志貫徹を放棄し疑惑の目が自分に向くことをわかった上でキクを助ける事を選んだ。


 コイツが何者かはわからないが、キクには危害を加えない。


 それだけは間違いない。


 それさえわかればとりあえず問題はない。



 そう考えていた。




 この数日後

 問題大有りだったことを思い知らされる。


 クロの抱えるトラブルに巻き込まれ大変な目に合うことになる。

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