風の吹く夜(アトル視点)

 クロは突然仕事に出かけていく。そのまま数日は帰ってこない。


 その間俺は一人で基礎訓練に励んでいた。


 クロの一撃は重かった。手加減してあれだ。小手先の技術など切り捨てられて終わる。


 もっと早く、もっと強く、そして正確に。ひたすらに剣を振る。


 まだクロの足元にも及ばないが、しっかり力がついているのがわかる。

 もう、前のように三つ目オオカミに襲われても逃げ惑うことはないだろう。




 クロが出かけて行った日から、キクは夜中に何度も俺の部屋を覗きに来るようになった。

 何のつもりかわからない。

 寝たふりをしてやり過ごしているが。


 今日もまた覗きに来たと思ったら、ドアをノックをされた。

 いつもはこっそり開けて覗いてくるのに。

 ドアを開けるとパジャマ姿のキクが枕をもって立っていた。


 なんか嫌な予感がする


「なに」

「今日からあー坊と一緒に寝ることに決めたぞ」


 もう決定事項なのか。俺の意思の尊重はないのかよ。


「なんの冗談だそれは」

「冗談ではないぞ。ばあちゃんは本気じゃぞ」

「枕持ってるってことは同じベッドで寝ようとしてるだろ」

「そうじゃよ」

「絶対嫌だ」

「あねな大きいベッドなんじゃ、二人寝ても大丈夫じゃろ」

「そういう問題じゃねーだろ」

「ならどういう問題……」


 突然キクがビクッと体を強張らせた。

 そのキクの過剰な反応に俺もビクつく


 なんだ?


 枕を抱きしめて廊下の向こうを真剣な目で見つめている。

 長いまつげが不安げに揺れる。


 俺もキクの視線を追って廊下へ顔をだす。


 視線の先では、窓ガラスがガタガタと揺れていた。

「風の音だよ」

「……そのようじゃな」


「……」

「……」



 ……怖いのか。


 キクは今ので何をしゃべっていたのか忘れてしまったようで、心許ない様子で廊下に立ちつくしていた。


「仕方ねーな。わかったよ」


 そういって部屋に招き入れると安心した表情を浮かべた。


 渋々といった態度をとってみせたが、キクが俺を頼ってきた事に内心はしゃいでいた。

 今すぐ怯えているキクを抱きしめたくて、心臓が大変なことになっている


 クールに!クールになるんだ俺!


 興味がないフリをして背中を向けて眠る。



 キクは風が吹くたび三つ目オオカミが来る音に聞こえるのか、身を震わせているのが背中越しでも感じられる。


 まさか、キクがここまで怖がっているとは知らなかった。

 死にかけたもんな


 本当なら、大丈夫だとなだめてあげたいところだがそんな余裕は俺にはなかった。


 振り返ったら最後、キクをどうにか俺のものにしようと夢中になるだろう。


 もし、そうなったら俺はキクに軽蔑されてしまう


「平常心平常心」と唱えながら眠りにつく。




 風の強い日などは特に酷かった。

 震える手で背中に抱き着いてくるのだ。


 これはもう、誘っているだろ!?誘っているとしか考えられないだろ!?

 意を決して振り返ると、小動物の瞳と目が合った。


 馬鹿か! かわいすぎる


 本能のままに怯える体をぎゅうっと抱きしめる。なんだこれ、すげー柔らかい。


 しかもなんかいい匂いがする


 白い手が応えるようにキュッと服を握ってくる。


 いいんだよな?

 これっていいってことだよな!?


 すぐ目の前にキクの顔がある。ゆっくりとピンクの唇に近づいていく。

 まさに触れそうになったその時


「ばあちゃんが守ってやるから大丈夫じゃ」

 どうやら、キクは俺を守ろうとしてくれているらしい。




 ……目の前の男の子がオオカミになりますがよろしいですか。

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