キクと刀 3
「でも、まあ、仕方ないの、背に腹は代えられぬからの」
クロの剣を掴むキク。
すかさずクロが押さえる。
「……」
二人の視線が合わさった
「しっかり消毒する!お清めの塩もまいておくから、大丈夫じゃ」
何とか剣を取ろうとして、両手でつかんで引っ張る。
「そういう問題ですか!?」
クロも絶対渡すまいとしっかり握る。
「塩とか絶対やめてください」
二人の剣の引っ張り合いを他人事のように眺める。
これは、剣士と料理人、刃物の扱いの違いなんだろうな。
どちらも得物に対する情熱に引けはとらないのだが。何せ方向性が違う。
白い肌が真っ赤になるほど全力で引っ張るキクに、困り果てたクロが何とかしてくれと目で俺に訴えてきた。
クロは俺がキクの扱いに慣れていると思っているようだが、そんなことはないからな?
クロがその気になれば、非力なキクを引き剥がすことなど造作もないはずなのだが、あまり手荒な事はしたくないんだろう。
無理やり引き離すどころか、引っ張ってる拍子に剣が抜けてキクが怪我しないように気を配っているし。
「ばあちゃん、もう諦めろよ。クロが困っているだろ」
「いやじゃああ!人斬るより食べ物切った方が、有意義じゃ」
……違いない
クロにもクリティカルヒットしたのか肩が少しビクッとなった
致命傷を負ったとおもわれるクロは黙って立ち上がりキク付きの剣を頭の上まで持ち上げる。
キクは頑張って背伸びをしてついて行っていたが、ついにつま先が宙に浮いた。
ぷらーんと剣にぶら下がる形になったキクは目を閉じ唇を噛みしめ「んーー」と耐えていたが一分もたたないうちに限界が来たらしく、涙目になりながら眼前にあるクロの瞳に向かって訴える作戦に移行していた。
それに対しクロはにっこりと微笑み返す。
「駄目です」
言うと同時にキクが落ち、後方にバランスを崩し尻もちをついた。
床に座りこんだまま「なんてケチなんじゃ」と恨めし気にクロを見上げている
「すみません。本当この刀は勘弁してください」
解放された剣をいつも通り腰に着ける。
「代わりにいい包丁買ってきますので」
その後クロは何処かへと消えていき、帰ってこなかった。
キクは家の包丁で芋の皮をむこうとしては「切れない」、肉を切ろうとしては「切れない」と何度もつぶやきため息をついていた。
「刀よかったの。あの刀。はやく帰ってこんかの」
懲りずにまだ使う気か。俺もできれば人を殺した剣で作った料理は食べたくないぞ。
クロの憔悴した顔をおもいだす。
「……もう帰ってこないんじゃね?」
◆
愛想つかせたと思われたクロは、四角いカバンを持ってちゃんと帰って来た。
よくまあ、懲りずに帰って来たなと感心していると、手に持った四角いカバンを渡される。
「時間がかかりましたが、約束の包丁です」
本気で買って来たのか。いい包丁ってやつを
そっとテーブルの上に寝かせ、留め金を二つはずす。
たかが包丁なのに随分大層なケースに入ってるな。
キクと一緒に恐る恐るカバンを開ける
「おお!」
キクの目が輝いた。
たしかにこれは凄い。
中にはいろんな形の包丁がずらりと並んで入っていた。
さすがⅠ群。包丁買ってくると言ってこんなにも買ってくるとは太っ腹だ。
「これってあれじゃろ?よくテレビでやってるやつじゃ!!」
興奮気味にクロに食いつく。
「今ならおまけでキッチンばさみも付いてくるんじゃろ?」
は?てれび?きっちんばさみ?
またキクが訳のわからないことを言い始めた。
「あー……今度聞いてみますね」
クロは少しばかり驚いた顔はしたが、穏やかに笑って大人な対応してみせた。
「あれどうしたんだ?」
キクが包丁をもって早速試し切りをしに台所に行くのを見送ってクロに声をかける
「ちょっと知り合いの鍛冶屋に頼み込んで打ってもらいました。ついでに鞘も新調してくれたので助かりました」
あの後、抜刀と納刀の際に鞘からはみ出た刃で何度も指を失いそうになったらしい。
「ほら」と見せられた手のひらには親指の間がざっくりと切れていた。
丁度手を添える箇所が割れてたもんな。
俺も少し使わせて貰ったが、こわいほどの切れ味。ナマクラ包丁とは雲泥の差があった。
一度この切れ味を味わったら、元に戻れない。
前の包丁の切れ味の悪さにイライラする。
これはキクが欲しがるわけだ。
「魔法石つける技術はありませんが、切れ味は保証しますよ。僕の知る限り、最高の刀職人です。包丁つくったのは初めてだそうですが」
「なあ、クロはどうして自分の剣のことを「カタナ」って呼ぶんだ?キクもそう言うな。剣とは違うのか」
「剣は剣なのですが、こうして片刃の剣の中には刀と呼ばれるものがあるんです。特にこれは日本刀なので、おばあちゃんもよくご存じなんでしょう」
「ニホン……」
キクの故郷か。なるほどな。
この切れ味を見せられると、自分もその刀が欲しくなってくる。
「やっぱり高いのか」
「高いというか、気難しいですねえ」
クロの刀はタダ同然で打ってもらったらしい。
「気に入らない人には大金積まれても打ったりはしない人です」
「アトル君も、もし刀が欲しいのなら自分で頼みに行ってください」
「じゃあ、あの包丁は?」
キクは自分で頼んでないけど、いいのか。
「おばあちゃんの手作り菓子を持っていったら、一発合格でした」
思い返せばクロが出かける前おやつの焼き菓子をキクに包んでもらっていたな
気難しいとクロは言っているが、そんなお菓子で釣れるとは。
「なんか……ちょろいな」
「とんでもない」
俺の意見にクロが驚く。
「ちゃんと本物を見極めてますよ」
つまりキクは『本物』か。
その本物のキクは、にこにことうれしそうに新しい包丁の試し切りをしている。
花や鳥や楓の形のキュウリやニンジンが次々と出来上がっていく。
なんだこのよくわからない特技は。
「見事なもんですね」
スルスルと皮を剥いていくキクを見てⅠ群剣士のクロが刃の扱いが巧いと感心していた。
包丁の切れ味を知ってる身としては、刃に触れながら切るキクの姿は見ていて肝が冷える
「手を切りそうで怖い」
俺の感想をきいたキクは「いやいや」と首を振った。
「切れ味がええ方がむしろ安全なんじゃよ。切れ味の悪いと無駄な力が入りすぎるからの。いざというときに止められずに深手になることが多いんじゃ」
「ふーんそんなもんか」
俺は感心しながら可愛らしくウサギの形に切られたりんごを頬張ったあと、リンゴの皮むきの仕方を教えてもらった。
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