キクと刀 2
キクの必死の平謝りで、ロウジンホーム送りはなんとか免れたようだ。
「ロウジンホーム送り」なんて口から出まかせなのだが、キクは本気で信じ込んでいる。
そして心底恐れている。
そんなに恐ろしい所なのかロウジンホームって。
剣を手にし部屋に戻ろうとしたクロがふと、何かに気が付いたように振り返った。
「まさか、これで料理したりなんかしてませんよね?」
「おお、よーく切れたぞ!」
頬を赤く染めながらクロの剣がいかに切れ味が素晴らしかったか語りだすキクの横で、クロの顔がサアアアっと青く染まっていく。
ガタンと剣を床に落とし、口に手を当て速やかに外に出て行った。
遠くで嘔吐する声が聞こえてきて、俺も冷や汗がでてきた。
こええよ
一体その剣で何を斬ってきたんだ
吐き気の止まらないクロと裂けた鞘を見比べ
「そんなにショックじゃったか」
悪い事したとキクがオロオロしていた。
三十分はそうしていたクロは、なんとか吐き気が収まったらしく戻ってきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫で…ゥッ」
全然大丈夫じゃなさそうだ。
ゲッソリとしながらソファに深く座り込んだ。
クロの足元に膝をついたキクが水を手渡し、心配そうにクロの顔色をうかがう。
それから「これなんじゃが」といってクロの剣をそっと差し出した。
それを見て俺は思わず声をあげそうになった。
差し出された剣は、鞘の割れた箇所に紙が数枚のりで貼りつけてあり、それでは締まりが悪かったのかその上から紐でグルグル巻きにして固定してあった。
「なんとか、直そうとしてみたんじゃが」
確かにきつく縛ってあるおかげか剣を傾けても滑り落ちなくはなっていた。
キクなりに壊してしまったのを申し訳なく思い一生懸命修復したんだろう。
したんだろうが、これは酷い。完成度が低すぎる。
たぶんそのままの方が良かった。
「本当すまんのお。わしのせいで……」
眉を下げ申し訳なさでいっぱいの瞳でクロを見上げている。
キクとの感覚の差がありすぎて辛い。
これを慈善心でやってのけるキクは最強すぎる。
「わしに出来ることなら何でもいってくれ」
クロは弱弱しい手取りでつぎはぎの剣を受け取り、絞り出すように声を発した。
「おばあちゃんはもう刀に触らないで下さい」
◆
次の日、ソファでおやつを楽しみながら寛いでいたら、台所で晩御飯の準備を始めたはずのキクがエプロンで手をふきながら、近づいてきた。
「クロ助、頼みがあるんじゃが」
ちょっと言いにくそうにクロを伺う。
「なんですか」
警戒心丸出しで、対応するクロ。
「刀を」
「駄目です」
最後まで言わせることなく、即ぶった切る。
「今度はちゃんと向きを見て仕舞うから大丈夫じゃ」
二カッと笑って両手を差し出す。
「駄目です」
「そこをなんとか」
「駄目です」
「ほんのちょっとだけでええんじゃ。お願いじゃ」
頼む!と胸の前で手を合わせる。
キクは「剣で料理した」のが問題だったのではなく、「剣(鞘)を壊した」のが問題だったと思っているようだ。
本当は前者のほうが問題なのだが
まあキクは昨日もちゃんと使っていいかとクロに聞いたと言っていたしな。
「これで料理とか絶対にやめてください」
気分が悪くなるとクロは言う。
俺も食べたんだあまり不吉なこと言うなよ。
「もんすたも鶏も大して変わらんじゃろうが」
なるほど。
キクの認識ではそうなるのか。
クロはモンスター退治の得意な人くらいな認識。
まさかクロが人殺しをしているなんて思ってもいないのだろう
クロとキクの根本的なズレがそこにある。
「……モンスター以外も斬っています」
クロも食い違いの原因に思い当たったようで目元に手をやり、ため息をついた。
「もんすた以外?」と赤い目が瞬く。
クロはきょとんとしているキクの腕をつかみ、すっと目を細めて、その目を覗きこんだ。
そしてゾッとするくらい冷たい声を発する。
「人間」
言いやがった!
俺はごくりと息を飲む
空気が一気に沈んだ
クロの言葉を聞いたキクが凍り付き、その様子を見たクロはそっとつかんでいたキクの腕を放し目を伏せた。
それから再び息を吐く。
キクが怯えてしまうのは当然のことだ。
クロも覚悟の上の暴露だろう。
沈黙が落ちた
動きが止まっていたキクの右手が上がり、顔の横へと持っていかれる。
そして……
「あ?」
場違いなキクの間の抜けた声に、思わずズッコケる。
眉間にしわを寄せたキクは耳に手を添えて、聞き取れなかったと主張する。
マジか。
こんな重い空気の中、そんなボケをかませるのか。
「聞こえてましたよね?絶っっ対聞こえてましたよね?難聴のふりやめてください」
クロが突っ込むが、もう先ほどの重い空気は霧散したあとだ
でた、キクお得意の耳が遠いふり。
キクは都合が悪くなると、難聴のふり、老眼のふりそして寝たふりで誤魔化そうとする。
一度たりとも誤魔化せたことはないのだが、本人は何故か万能だと思い込んでいる。
「人参?」
「違います。人間です。ニンゲン」
再び沈黙がおちた。
だが先ほどのような重たい空気はない。
キクがちゃんと正しく理解できたかの方が心配だった。
「なんてことをしたんじゃ!!」
テーブルをバンッと叩き、クロを睨む。
ちゃんと正しく理解したようだ。これでやっと次へ進める。
キクの至極真っ当な反応に
目を細め他所を向いたクロは痛みを知らぬ顔で聞き流している。
テーブルをバンバン叩きながら、キクの説教は続く。
「なんでそんなもん斬ったんじゃ!」
いや「そんなもん」ってアンタ……。
先ほどまで馬耳東風の体でいたクロも叱られる内容が予想と違ってたのだろう。目を点にしてキクを見ている。
「……スミマセン」
キクの怒り様にとりあえず謝るクロ。
「まったく勿体無いことをしおってから」
腰に手を当てたキクはプンプン怒っていた。
プンプン怒るキクを前に、クロはさっきの反応とは打って変わって申し訳なさそうに身を縮めていた。
二人のやり取りを見ていたら頭がいたくなる。
いや、違うだろ
「怒るとこ、そこじゃねえ……」
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