キクと刀 1

 朝、部屋をでて一階に降りると


 ひょっひょっひょっひょー


 と超ご機嫌なキクの笑い声が聞こえてきた。


 アイツは朝からなんて笑い方してるんだよ。

 もっとこう、可愛らしい笑い方はできないものか。


 恐る恐る台所を覗くと、やはり不気味な笑い声はキクから発せられていた。


「なんて切れ味じゃああああ」


 トントントントントンと野菜を刻む淀みない音が台所に響いている。


「切れる!切れるぞおおおお!!面白いほど切れるぞおおおお」


 お前は切り裂き魔か何かか。



 ひょっひょっひょっひょー!!!


 一通り切り終わったのか笑いながら 両手をあげる。

 片手には長い得物を持っており、テンションMAXのようだ。



 楽しそうで何よりです。


 なんかもう残念を通り越して、可哀想になってくる。

 笑いの止まらないキクの後ろ姿を憐れな目で見やる。



 手に持っている包丁にしては長いその得物には見覚えがある。

 剣にしては細く、緩いカーブのかかったそのフォルム。

 ここらでは珍しい片刃の剣。


 キクはクロの剣で料理をしていた。


 ちょっと待てキク。それはまずいんじゃあ……?


「……その剣どうしたんだ?」


 朝の挨拶もそこそこに、疑問をぶつけてみる。


「クロ助から借りたんじゃ」


 どうやらキクは台所にあった包丁の切れが悪くてずっと不便に思っていたらしい。

 何度か軽くお皿の底で研いでみたりもしたけど全然改善されない。

 試しにクロの刀を使ってみたら、ものすごく切れ味が良くて感激したらしい。

 家の包丁だとトマトを切ろうとしたらどう頑張ってみてもつぶれてしまうが、クロの刀だと刃を走らせなくても触れるだけで切れ目が入ると興奮しながら語ってくれた。


「勝手に使ったりして大丈夫か?」


「勝手に使ったりせんよ。ちゃんと声かけたわ」


 クロからの承諾を得たというが、それはただ寝ぼけてただけではないだろうか。


 クロの自己責任ってことで俺は口を出さないでおく。


 その後、いつものようにクロは叩き起こされ自分の剣で調理された朝食を口に捻じり込まれていた。


 クロもいつもより多めに切られた野菜というヒントにはさすがに気が付かないか。

 まだ自分の剣が無くなっていることに気が付いていない。クロのこの様子だと朝が来たことすら気が付いていない可能性がある。


 食べ終わった後、キクは後片付けをし俺とクロは身支度をしに部屋に戻る。


 俺はいつ気が付くんだろうと、ハラハラしながら着替えていると

 今度はコンコン、コンコンと壁に何かを打ち付けるような音が聞こえてきた。



「一体何の音だ?」


 音の出どころであるキクのところに行ってみる。


「おお、ええ所にきた」


 助けてくれと手招きされたので駆け付けると、なにか、黒くて異常に長い奇妙な物体を手にしていた。


「どうにも固くての。刀が仕舞えんようになってしもうた」


 それは刃の部分と鞘が中途半端につながった状態のまま動かなくなってしまった剣だった。

 よくみると見ると刃と鞘の方向が反対に入っていた。


「ばあちゃん!違う!それ反対だ!」


 剣のカーブと鞘のカーブの形を見たらすぐわかるだろうに、どうしてこれに気が付かない?


 キクは途中で引っかかってしまった剣を、無理やり奥まで入れようとして、鞘の先端を何度も壁に打ち付けていたのだ。無理に押し込んだせいで鞘の入口が裂けている。

 自分がやったわけではないが俺は真っ青になった。


 とにかく、急いで抜こうとしてみたが抜けない。

 思い切り力を込めてみたが抜けない。

 キクも同様だ。


 仕方ないのでキクが鞘を持ち、俺が柄を持ってせーのっで引っ張っる。

 テーブルに足をひっかけ全力で踏ん張ってみているがビクともしない。


 どんだけ強引に突っ込んだんだよ。


 何度かチャレンジしてみたが結果は同じだった。

 どうするんだよコレ。


 剣から手を離したキクが台所の奥に行ったと思ったら、油を持ってもどってきた。


 ……まさかと思うが


「待て待て。それどうする気だ?」

「油を少し垂らしてみたらどうかと思っての」


 まるで名案が思い付いたかようにキクが笑う。この笑顔が可愛いから困る。


「いや、それはやめろ」

「滑りがよくなるぞ?」


 可愛らしく小首をかしげる。


「いいからやめろ」


 もうすでに鞘の入口が割れている状態なのだ、これ以上ひどい状態にしない方がいい。


 なんとかキクの凶行を抑えていると、タイミング良くだか悪くだか、クロが入ってきた。


「すみません、僕の刀がみつからないんですが知りませ……」


 こちらの状況を見て動きがとまる。


 やっぱり認識外だったか。まあ、そうだよな。自分の剣を料理に貸すわけがない。


「すまん、抜けんようになってしもうたわ」

 申し訳なさそうに、剣をクロに見せる。


 無様な姿になった自分の剣をみて、クロは絶句していた。


 誤解がないよう、これだけは伝えておこう。

「俺、関係ないからな」


 刀を黙って受け取ったクロは、引っかかって取れなくなった剣をざっと眺めた後、鞘と柄を握る。

 二人でどう頑張ってもビクともしなかった剣が、クロがちょっと力をいれるとすぐに抜けた。

 そして、正しく入れなおす。もちろんちゃんと奥まで収まった。


 しかし鞘の入口部分が割れているため、ストッパーが効かず少し傾けるだけで剣が鞘から滑りおちる。

 それを無言で見つめてから、クロはいい笑顔でキクを振り返った。


「行きましょうか。老人ホーム」


 ひいいい

 キクが震え上がった。

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