お出迎え(アトル視点)

 クロは出かけるのも突然だが、帰ってくるのも突然だ。


 帰ってくると、必ずといっていいほどマントが血で汚れている

 黒い服のため一見では他の汚れと区別がつかないが、キクが洗濯すると必ず水が赤く染まる。


「何か」を斬って来たのだろうと想像はつくが

 その「何か」を怖くて聞けない


 黙って知らん顔することにしている。


 出迎えるキクは、すぐにお風呂の準備をする。

 クロが風呂に入っている間に即席の食事を用意し、それを食べてる間にクロの部屋のベッドにシーツを張りに行く。


 帰って来たのが朝でも昼でも、クロが何を言うわけでもないのに必ずこのお決まりの行動をする。



 この日もやはり、キクはお決まりの行動をした。

 お風呂から上がり、食事を終えたクロと留守中の出来事等を談笑していると

 横で後片付けしていたキクが近づいて来てクロの頬をつねり上げた。


「気持ち悪い笑顔つくってんじゃないよ」


 そう言い捨てるとさっさとクロの前から立ち去っていった。



 突然のキクの厳しい声にぽかんとしながら、クロをちらりと見と

 クロは目をまん丸にして、キクの去っていった方を見つめている。


 ……これは、自覚なかったな。



 かと言う俺も、一体いつものクロと何が違うのかわからないのだが。


 だが指摘されたクロはみるみるうちに笑顔が消えていき、組んだ手に顔をうずめてしまった。


「……」


 手の陰になって表情は見えなかった。

 無言で下を向き続けている。


 重たい空気に声をかけれないでいると、突然立ち上がり「寝ます」と言い残したクロは、俺の方を一切見ずに部屋に行ってしまった。


 黙って見送る俺は背中に汗をかいていた。



 朝になって起きてこなくても、キクは何故か何も言わない。



 残ったクロの朝ごはんを、黙って片づける。

 いつもはあんなに無理やり食べさせているのに。



 普段のキクとは違う雰囲気に息をのむ。

 一体キクはどういうつもりで言ったのか。


「どうしたんじゃ、あー坊」


 ずっと黙ってる俺を不思議に思ってか首をかしげて声をかけてきた

 俺に対してはいつもと変わらない様子に安堵する。


「クロの奴さ、何かあるのか」



 白々しくも尋ねてみる。



 クロからは闇の匂いがする。

 そこらのチンピラとは違うとびきり上等で濃厚な匂いが。

 もし、キクがそれに気づいたんだとしたら今後の身の振り方を話す必要がある。


「クロ助か」とつぶやくキクの顔に珍しく険しい表情が浮かんでいる。


「何してるか知らんが、ありゃ良くないの」



 ……やはり気が付いたか。

 まあ、衣服を洗濯するたびに赤く染まるのをみれば怪しいよな。



「相当無理しておるぞ」


 続く一言に目を見張る


 クロの部屋の方向をみつめる紅い瞳は、疑うどころか心配そうに揺れていた。


 そこに全く警戒の色はない





「……無理してんのか。アイツ」


 到底そう見えなかったが、部屋に向かう前のクロの淡泊な態度は余裕が無かったからか。


「自覚がないのが一番危ういの」



 キクのそういう人の感情を嗅ぎ分ける力には脱帽する。



「このままだと、身を亡ぼすじゃろうな」



 そんな不吉な予言までして見せた。



「身を亡ぼすって?」


 どういうことだ?死ぬってことか?


「あまり心を無視して体を動かしすぎるとな、そのうち心と体がちぐはぐになってくるんじゃよ」


 動きたいと思うのに動けなかったり、休もうと思うのに休めなかったりしはじめて

 そうするとだんだん心が疲れてきて壊れてしまうのだそうだ。


 そんなことが、本当に起こり得るのかは知らないが、もし本当に起こるのだとしたら。

「……怖いな」


「そうじゃの。一度ズレてしまうとなかなか元に戻らんようでの。生き地獄らしい」


 キクのこういった話はどこから仕入れてくるのか。

「見たことあるのか?」と聞くと「ある」と頷いた


「そやつもそれまでは自覚なく笑っとったよ」


 そういって寂し気に微笑む。


「クロ助はそうなる前に気付いたらええがの」





 二日目の昼にやっと出てきたクロの顔を見つめるキク。

「おはようございます」と言ったクロは神妙にキクの視線を受けていた。


 起きてきたクロへの第一声は毎回決まっている。



「クロ助、何が食べたい?」

 そう明るい声をかける。



「何でも好きなものを作ってやるぞ」とキクが笑うと、クロは嬉しそうな顔をする。

 しばらく悩んだ後「では、グラタンを」と答えた。


 ここでクロから飛び出す料理名は初めて聞くものばかりだ

「テンプラ」だったり「はんばあぐ」だったりどうしてそんなものを知っているのか謎だ。

 キクが知らないかもとは思わないのだろうか。

 言われたキクはちゃんと理解して、そしてちゃんと作って見せてはいるが。


 キクとクロの関係がよくつかめない。


 俺からみたら、

 キクは危なっかしくて見ていられない女の子で

 対し、クロは腕もたつし物知りで、とても頼りになる大人だ。


 なのにキクがからむとなぜかクロが子供に見えてくる。

 というか、キクは明らかにクロを子供扱いしている。


 そして、クロもそれを甘んじて受け入れている。



 あんな年下の女の子に偉そうな態度とられて腹が立たないか?と聞いてみるが


「おばあちゃんにはかないませんから」


 と本気か冗談かわからない調子の返事をされた。



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