開かずの扉の先

 その後、クロ助に私用があるというのでフランの中央に設けられた椅子に座り、終わるのを待つことになった。

 あー坊は興味津々でいろいろ見て回っていたが。


 窓口の人となにやら話をしたクロ助はフランの奥に通されていく。

 わしらは待つように言われ入れてもらえなかった。

 Ⅰ群まで上り詰めると特別な何かがあるのだろう

 しばらくすると、書類を持って出てきてわしらの横に座った。

 そして書類に目を通し始める。

「手紙かの?」と聞くと「報告書みたいなもの」との返答があった。


 クロはその後も街に着くと必ずフランに立ち寄っていく。

 そして、書類をもらい目を通す。それを日課にしているようである。

 たまにそのまま仕事に出かけていくこともある。


「僕と連絡を取りたいときは、フランに言うといいですよ。フラン環でつながっているから、どこにいても僕の耳まで届きます」


 クロ助との連絡用のアイデイというものを教えてもらった。

 使うかどうかは別として覚えておくかの。


 頼むぞあー坊。


「はあ!?ちょっとまて丸投げすぎる!」

「わし歳だからの?若いもんのほうが記憶力がいいじゃろうが」


 あー坊は必死に覚えようと頑張っていた。

 わしの場合、アイデイどころか、このフランごと忘れる気がするもんでの。




「あ、あの」


 若い女がわしらの席に近づき声をかけてきた。フランの職員のようだ。


「よかったら飲んでください」


 そう言ってクロ助の前にホットコーヒーを差し出す。


「いいんですか?」


 書類に目を通していたクロが顔を上げて女の方を見る。女は声を裏返しながら返事を返した


「頂くよ。ありがとう」


 そうクロ助が微笑むと女の顔が真っ赤に染まる。


「ここのフランはすごくサービスがいいんですよね」


 女がスキップしそうな勢いで去って行った後、そんなとぼけたことを言いながらクロ助はホットコーヒーを飲んでいた。

 わしらもクロ助のおまけでもらったホットミルクに口をつける。


「……サービスが良いのは、おまいさんだからだと思うぞ」

「同感」


 少なくともクロ助を待ってる間、飲み物が提供された者は一人もおらんかったの。




 一緒に街を歩いていて気が付いたが、この男、ものすごいモテる。


 道行く女達が毎度クロを振り返る。

 こんなに多くの女から熱い視線をむけられておるのに本人は全く気付いていない。

 気付かないまま肩で風を切って歩く姿はなんと間抜けなことか。


「なんという鈍感か」

「道理で独り身」


 わしとあー坊はそんなクロ助の背中を見ながらコソコソ話して歩いた。



 市場に着くと今度は店のおばちゃん達のサービスが半端なかった。

 クロが微笑みながらお礼を言うだけで、大変な興奮状態になる。

「うちにも寄って!」「いいや、うちが先だよ」と腕を引っ張り取り合いになっている。


 まるでアイドルだの。


 そんな光景を目にすると、なんだかわしもその気になって来る。


 折角なので、「きくちゃんと、呼んでみてくれ」とクロ助に頼んでみる

 引っ張りまわされてお疲れ気味のクロ助は腕いっぱいにおばちゃん達からの貢物を持っていた。


「いきなり、どうしたんです?きくちゃん」


 ふむ。なるほど。悪くない。


「もう一回」


「きくちゃ……やめましょうか。噛みつかれそうだ」


 あー坊がケッと毒づいた。


「ばあちゃんも結局イケメン好きかよ。これだから女はよー」







 そんな皆のアイドルクロ助は、たまに仕事にでかける。


 なんの前触れもなく、ふと立ち上がり「仕事に行ってきます」と出かけていく。

 そうして数日は帰ってこない。


 一体何の仕事かと聞いてみても「さあ?今回は何でしょうね」と笑うだけだ。

 毎回行ってみてのお楽しみらしい。


 Ⅰ群としてのお仕事だとしたら、これで何千万と稼いでいることになる。

 ただし、即死の危険のある仕事らしいが。


 もう二度と戻らない可能性も大いにある。


 なのに対象がクロ助だと、あまり死のイメージと結びつかないから不思議だ


 あの飄々とした雰囲気がそう思わせるのだろう。



 クロ助よりむしろ自分たちの方が心配であった。


 もし、何かの拍子に結界が切れたらと思うと怖い。

 夜物音がするたびに、隣の部屋で寝ているはずのあー坊が心配になり無事な姿を確認しに行く。


 この方法だといざとなった時、あー坊を守れない。


 食われた後に気が付いても遅いのだ。


 いろいろ考えた結果、クロがいない間はあー坊と一緒に寝ることに決めた。


 早速あー坊のベッドに入る。

 わしの横で、恐怖に身を固くしている小さな背中を見て、「わしがしっかりせんといけん」と気を引き締めた。


 安心させてやろうと、その背中を撫でていると

 こちらを振り返り潤んだ目でしがみついてきた。やはりあー坊も怖かったのだと知る。

 

 子供のこういう仕草が純粋でかわいい。


 生意気なことをいってもまだまだ子供じゃのお


 ぎゅーと抱きしめてヨシヨシしてやりながら眠った。



 朝、目が覚めたら、あー坊は床に転がっていた。




 ◆




 結界といえば、あの外の結界が切れた日以来、開かずの扉の結界も切れたらしくて、今では問題なく出入り出来るようになっていた。


 開かずの扉の先にあったのはただの書斎だった。

 おそらく前の持ち主が置いていったものなのだろう。


 ただ、三つ目オオカミが暴れまわったようで、ひどく荒らされていた。


 まあ以前の状態を知らないため、元から散らかっていたのかもしれないが。


 散乱した書類や本棚、絨毯等片づけるのが大変そうで、しばらくは開かずの扉のままにしておくことにした。


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