違和感(アトル視点)
開かずの扉が開くようになっていた。
外の結界が切れたのと同時にこちらの結界も切れたのだろう。
中に入ると、荒らされまくった書斎があった。
引き出しという引き出しはすべて開け放たれ、本棚は傾き、本は散乱し絨毯がめくりあげられている。
三つ目オオカミが暴れまわった?
いや、他の部屋は大丈夫なのにこの部屋だけとか不自然過ぎるだろう
それにどうみても人の手としか考えられない荒らされ方をしている。
寒気が走った。
頭の片隅にあった違和感の種が開花する
メモを見た時、クロの目が一瞬冷たい光を放つのを俺はみた。
あの時は気のせいとして流したが、これを見た後だとあの時感じた感覚はきっと間違いじゃない。
最高司祭様の使いだとばあちゃんは思っているみたいだけど、おそらくこいつは違う。
そうなると、どうしてこいつはあの時この屋敷にいた?
俺達がモンスターに追われて逃げてきた時に感じた違和感
あのとき俺は視界の端に開かずの扉が開いていたのを見ていたんだ。
無意識だったため、記憶には残っていないが何かが引っかかった感覚はあった。
クロはキクの様子を見に来たのではなく
何かを探しに来たのだ。この開かずの扉の先にある何かを。
一番の空寒さを感じるところは探しに来たタイミングだ。
こいつは結界が切れるタイミングぴったりに表れやがった。
この結界を張った奴がいつ死んだのか知っていないと出来ない芸当だ
結界張った奴が死ぬ間際に、クロに何かを託してそれを探しにきたとか?
どうにか無難に考えようとする自分に苦笑する。
わかってる。
目をそらすな。もし、そうなら何故嘘をつく必要がある?
コイツが、殺したんだ。
そして、そいつが結界張ってまで守ろうとしていた「何か」を奪いに来た。
そう考えた方が自然だ。
現れた俺たちの情報を碌に持っていないから、俺たちがどこまで自分の事を知っているのか計れなかった。迂闊なことがしゃべれば墓穴を掘る。
苦肉の策として、キクの早とちりに適当に乗ってきて誤魔化したんだ。
探し物は何だ?
見つかったのか?
それともまだか?
やばいな。
こいつは玄関から堂々と入って来てたんだ。碌な言い訳も考えていないままに。
それが意味することは。
「あれまあ」
洗濯をしていたキクが、驚きの声をあげた。
行って見るとクロの外套を洗った水が赤く染まっていた。
明らかに血の色だ。
後ろにいるだろうクロの方を見ることが出来なかった。
考えてみればこいつがまともではないことは、わかってたことだ。
分かったうえで、俺は助けを求めたのだ。それしか助かる方法がなかったから。
最高司祭様の使いという話がでてきて、すっかり気が抜けてしまっていたが。
クロはなるべく穏便にキクをここから追い出したかったのか
結果はキクのわけのわからないペースに乗せられて、なぜか一緒に住むことになっている。
すげえよキク。なんてことしてくれたんだ。
俺に何ができる?
キクに話すか?
いや、話してもキクのことだ、真に受けてくれない。
キクはなんというか、すっごく頭が固い。
一度思い込んだら、どんなに矛盾したことがあっても信じ込む癖がある。
説得しきれる自信がない。
下手にキクに話すことでクロに不審に思われたくない。逆に危険だ
「無力だなあ、俺」
キクを守り切れるほどの力が欲しい。
キクが血に染まっていくのに何も出来ない絶望感
あんな思いはもう懲り懲りだ。
背に腹は代えられない。
俺は意を決した。
「おい」
一階のソファに座り剣の手入れをしているクロに声をかける。
「あんた何者だ。最高司祭様の使いじゃないだろ」
キクは外で洗濯中だ。
「君の方こそ何者です? 貧民街出身にしては教養があるようですが」
思いがけない切り返しに心臓が跳ねる。
教養?そんなものどこで判断しているんだ。自分はりっぱな乞食にしか見えないと思うが。
動揺を抑え息をはく。
慌てるな。元からまともな返事なんて期待してない。
「キクに言って来ようかな。クロは最高司祭様の使いじゃなくて、ただの強盗だって」
「……」
「あんた、ここに何探しに来たんだ?」
ソファのひじ掛けにもたれながら口を閉じたクロを問い詰める。
「あまり詮索しない方がいいですよ。でないと……」
「俺の事殺す?そうだよな、最初はそのつもりだったんだから」
剣の手入れの手が止まった。
「なあ、そうだろう? オオカミに食われるの傍観してたもんな。お前」
「あんな書斎を荒らしまくって住人にどう言い訳するつもりだったんだ?」
クロのソファから手を離し歩く
「ああ、言い訳する必要もないか。皆殺しにするつもりだったんだから」
皮肉りながらクロの向かいのソファに腰を下ろした。
「だから、あんな堂々と玄関から入ったんだよな?」
クロを見ると薄笑いを浮かべている。図星か。
「でも、俺が殺されたら、キクのやつショックだろうなあ。お前の事許さないだろうなあ」
「……何が言いたいんですか」
やっと、クロの目がこちらを向いた。
俺はいたずらっぽい笑顔をうかべて見せる。
「黙ってて欲しいか?」
俺は賭けに出た。
皆殺しにするはずだった住人を助けることにしたのはおそらく
キクがいたから。
理由はわからないが
こいつにとってキクは特別な存在らしい。
「まあ、そうですね。出来れば」
よし、かかった
「なら、俺に剣を教えてくれ」
「はい?」
「バラされたくなければ剣を教えろって言ってるんだ」
ニヤリと笑う。
「そしたら、キクには言わないでおいてやる」
視線がぶつかる。
さあて、乗るか反るか。
俺は乾いた唇をなめた。
黒い瞳が俺を射る。
俺はそれを静かに射返す。
肌がぴりぴりするほどの緊張の瞬間。
クロはゆっくりと手をあげたかと思ったら胸元あたりから途端に早くなり口に手を当てぶーッと噴き出した。
シリアスな雰囲気が一気に吹き飛んだ。
「いやっ、ごめっ! まさかそうくるとは思わなくて」
すごい慌てて言い繕い始めた。
「……」
コホンと咳をひとつして
「それは……やむを得ないですね。でも絶対秘密厳守でお願いしますよ」
キリリとした顔をしながら、空気を改めようとしていたが、もう無理だろ。
顔は真剣な表情を浮かべているくせに肩が震えており全然笑いを耐えきれてない。
笑ってはだめだ。相手はあれで真剣なんだ。笑うのは失礼だ。耐えろ。耐えるんだ。笑ったらだめだー!!
……と思われてそうな気がする。
その反応で顔から火がでそうになる。
「わらうな!」と言った瞬間、声を殺しながら爆笑しやがった。
俺は思い切り息を吸い込んだ。
「わあああああ!!!!ばあちゃーーーーん!!!!!」
「うわっ!?」と慌てたクロに口を塞がれる。
「なんじゃ?」
俺の大声にすぐにキクが駆け付けた。
さて、『強盗』に続き『少年強姦魔』に仕立て上げてくれようか
俺を押し倒し、口をふさいでいるこの状況、逃げ場はないぜ?
ニヤリと笑う俺を見てクロは全て察したようだ。
「わかりました!教えますから、ホント勘弁してください」
必死な形相で懇願してきた。
ザマァ
◆
キクには何でもないことを告げ洗濯に戻ってもらった。クロを連れて適当な模造剣を手に取り外にでる。
適当な距離をとって向かい合ったクロは、俺の顔をみてまた噴き出した。
懲りねえなっ!こいつは!
イラっとしながら肩を震わせるクロへ打ち込む。
首が飛んだ。
俺の首だ。
今、何が起きた?
瞬殺だった。
こんな簡単に殺されてしまうとは。
やはり自分は目障りだったか
「握りはできてる、踏込の足も間違ってない。少し教わったことがありますね」
あるはずのない耳から声が聞こえる
「ですが、踏込が弱い、顎も上がりすぎ、脇が開いてる、何より大振りすぎて欠伸がでるほどに遅い」
楽し気に言いながら悪い個所を剣でトントンと叩かれる
まだ、首は繋がっていた。
冷汗が噴き出た。
「基礎からですね」
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