夜型

 昨日一日眠ったら今日の朝はすっかり体が楽になっていた



 我が家に加わった護衛係だが、初日の朝いつまでたっても部屋から出てこない。

 朝ごはんも用意し、声もかけた。

 返事があったので部屋にいることは間違いない。

 だが何故か出てこない。


 お昼過ぎになってやっと「おはようございます」と寝ぐせのついた頭で起きてきた。

「もう昼だ」というあー坊の指摘に「昨日魔法使ったので疲れました」と笑う


 昨日はいろいろ大変だったので仕方ない

 そう思っておったが、以降も毎日昼近くまで寝ているところをみると、理由はそれだけではないようだ。


 この男、夜寝るのが極端に遅い。


 深夜にふと目をさますとクロ助の部屋にまだ明かりがついていた。次の日も次の日も。

 完全に生活のリズムが崩れているのだ


 最近の若いもんは!



 その次の日、クロ助を早朝から叩き起こした。

 容赦なくカーテンをあけて朝日を入れると眩しそうに布団の中に潜ったので布団をしっぺ返してやる。

 そのまま窓を開け布団を干し、シーツを洗濯に出す。


 布団を剥がされたクロ助は覚束ない様子で立っていた。


「僕、夜型なんです……」


「夜型も昼型もありゃせんわ!朝になったら起きる!夜になったら寝る!それが人間じゃ」


「さっさと顔を洗って、朝食を食べんしゃい!」


 腰に手をあて、布団叩きで台所を指す。

 促されたクロ助は分かったのか分かっていないのかわからない様子でヨロヨロと部屋を出て行った。


 あー坊は何も言わなくても自ら起きるというのに、たるんどる!


 そのまま、窓にかけた布団を叩いていると。


 またヨロヨロとクロ助が何故か戻ってきた。

 そしてシーツも何もついていないベッドに横になり、寒そうに身を丸くする。


 やはり、分かっていなかったようだ。


「こりゃっ!!」


 マットレスをピシリと叩くとビクリと反応したクロ助がむくりと起き上がる。

 ついでに埃も舞った。いかん。マットレスも干さねば。


 わしの顔を見て「あ~」と何かを思い出したかのようにうなずいた


 どうやら、台所に向かっている途中で目的を忘れてしまい、またベッドに舞い戻ってきてしまったようだ。

 今度は一緒に台所までついて行き、顔を洗わせて朝食の前に座らせた。


 そして「ほれ、パン」「スープも」といちいち手渡してやる。そうしないと動きが止まる。


 クロ助の方こそ老人ホームに行くべきではないだろうか



「なんか……別人だな」


 向かいの席に座って口がどこにあるやらわかってない仕草でコックリコックリしながら食べるクロ助の姿を見てあー坊は面食らっていた。


 外では立派に見える人物でも、家に帰ると案外こんなものである。







 ハロタンを失い車を使えないわしらは仕方なしにクマリンまで歩いた。

 またハロタンを買うしかない。

 もはやミルクなしの生活は考えられない。


 いつもなら恐怖の道のりだが、今日は心強い連れがいる。


 朝は情けないが、目を覚ましたクロ助は頼りになる。


 ……と信じとる。

 実際妖怪を倒す姿を見たことがないので何とも言えないが。




「またでた」


 途中早速、例の妖怪が一匹こちらに向かって走ってくる。

 ラナから教えてもらった威嚇弾でいつもなら追い払うが今日は持ってきていない。


「この辺りは三つ目オオカミの生息地ですからね」


 余裕で一歩を踏み出すクロ。対しわしは一歩下がる。

 そんなわしを見て、クロ助は刀に添えていた手を何故か降ろしてしまう。

 そしておもむろにかがみ地面に手をつく


「三つ目オオカミの弱点は、額の目です」


 そう言って飛び掛かって来たオオカミをひょいと避けて、今し方拾っただろう砂を額の目に投げつける。


 その、「ひょいと避ける」が出来ないんじゃがな。


 本当に劇的な変化があった。


 三つ目は身を捩じらせ、頭を地面に擦り付けのたうち回る。

 あまりの痛がりようにあっけにとられた。


 出会ったときは額の大きな目が不気味で怖かったが、

 あんな位置にあんな大きな目があると、上からのごみが入りやすくて邪魔になるんじゃないかの。


 そのまま三つ目オオカミはすたこらさっさと逃げていった。

 おそらく目を洗いに行ったのだろう。


 恐怖の対象だった妖怪のあまりにもマヌケな姿に呆然となる。


「ほら」


 とクロ助は手のひらを上に向けて肩をすくめてみせた。



「三つ目オオカミは倒したら、肉は不味くて食べれたもんじゃないですが、毛皮は良い値で売れますよ」

 という豆知識まで教えてくれる。


 完全に、「狩られる」立場ではなく「狩る」立場の意見である。


「それは、逃がして勿体ない事したの」

「いえ、僕には必要ないので」


 おお、余裕な大人の上からの意見じゃ。


「すげえ」


 あー坊がキラキラと目を輝かせてクロ助の話を聞いていた。


 本当男の子はこういう話が好きよの


 あー坊はあれ以来クロ助から剣を習っている。


「アトル君が強くなればもう心配ないでしょう?」とはクロ助の意見。

「……気づいておったのか」


 わしがクロ助を引き留めた本当の理由を。


「あんなに怯えた顔をしてたらわかりますよ」と苦笑される。

「老人ホーム送りにはせんのか?」と聞いたら「そこはまあ、今後のアトル君の頑張り次第になりますね」

 身を守る手段があるなら問題なしという判断らしい。


 こんな物騒な世の中、わしも身を守れるようになってた方がいいかもしれんと思って

 クロ剣術道場に入門したら、最初の打ち込みで派手に転んだ。


「おばあちゃんは、もう歳なんですから無理しないでください」


 と、気遣われながら優しく破門された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る