三食おやつ付き
さすがに妖怪に襲われて絶体絶命の場面を見られてしまっては大丈夫とは言えないか。
「それに、街ではぼったくられそうになってましたし」
そうじゃった。
質屋で魔法石を二桁も安く買いたたかれようとしていたのも見られておるんじゃった。
「そんなの日常茶飯事だぜ? 前も変な壺高額で買わされてたし」
「あれは、いいんじゃよ。あの人なりにわしを慰めようとしてくれたんじゃから、お礼じゃ」
「だから、そういう手口なんだって。いい加減騙されたことに気づこうぜ」
弁明をしようと口を開く前に、あー坊がさらに続ける。
「しかも、聞いてくれよ、こいつ最初、結界の外を丸腰で歩きだしたんだぜ? 信じられねーだろ、あれは本当肝が冷えた」
確かにそんなこともあったかの。
目が言い訳を探して泳ぎ、汗が頬を流れる。
まずい。これは完全に分が悪い。
そもそも、あー坊が敵に回っては手も足もでない。
なんという四面楚歌。
「ひったくりにもあってましたしね」
「……それをお前がいうのかよ」
かくなる上は
「寝たふりしてんじゃねえ」
横にしたままの体でそっと目を閉じてみたが、いきなりあー坊にバレた。
だが、まだ慌てるところではない。
狸寝入りのベテランは今からこれを真実に変える。ぐぅーぐぅー
「……今のうちに縛って連れて行こうぜ」
「……そうですね」
「わしゃどこにもいかんからの」
ガバリと起き上がり近づいてきた二人の手を払いのける。
「ほら、起きてんじゃねーか」
「おはようございます」
ジト目とにこにこ顔に包囲されて逃げ場がなくなった。
確かにこやつの目線でみるとちっとも一人で大丈夫ではない。
いや、でも普段はしっかりやっておるんじゃぞ?
ここでの生活も慣れてきたところだったし。
どうしてこうタイミングが悪いのか
納得がいかない。
「ま、こいつ危なっかしいからすぐにでも保護したいだろうけど、本人頑張ってるし、もう少し様子見てやってくれないか?」
わしがぶーたれていると、あー坊がそう口添えをしてくれた。
「仕方ないですね、ではもう少し様子を見させてもらってから判断するってことでどうですか」
あー坊の顔に免じて、今回は退くことにしたようだ。
「おお!それで良いぞ」
「そのかわり、一人で無理と判断した場合は素直に従ってくださいね」
ニッコリ笑顔。ほうほう交換条件ってことか。
「ええよええよ」わしもニッコリ笑う
「あー坊。ここに住んでもらうことになったぞ」
「えっ 住むんですか」
ハンサムはぎょっとした表情をした。
「いや、帰ってもらった方がいいだろ?」
「いいや! またタイミング悪い時に来て因縁つけられたらたまらんからな」
「部屋はいっぱいあるから好きに使ったらええ」
「いえ、そこまでしてもらうのは悪いですよ」
ハンサムはニコニコ笑顔で断固拒否の姿勢をみせた。
「なら一人で大丈夫だったと報告してくれるかの」
こちらもニコニコ笑顔で応対する
「それは……」と言い淀む。さっきの笑顔の応酬で若干恐怖されている様子
老人ホーム入れられる方がよっぽど悪いわ。
「それくらいしてもらわんと、わしも従わんぞ?」
「……困りましたね」
交換条件までは良い調子だったのにすっかりおかしくなった流れにハンサムは頭を押さえていた。
「おまいさん、妻子持ちか?」
「いえ、独り身です……」
「じゃあ問題なかろ」
「飯も三食つけてやるぞ」と加えると「あー、それはかなり魅力的」と多少心をぐらつかせていた。
そうじゃろそうじゃろ独身男の毎日の食事は深刻な問題だからの
「いつまで?」
「もちろん、わしが大丈夫と判断されるまでじゃ!」
ハンサムがあー坊に助けを求めて視線を向けていたが、あー坊は肩をすくめて目を逸らした。
苦笑いを浮かべて頭を押さえているハンサムの体を「なあに、すぐじゃ」と笑いながらバシバシ叩く。
隣で聞いていたあー坊が「半永久的だな」と失礼なことを言っていた。
頭を押さえるハンサムの気持ちはわかる。
いきなりこんな無茶苦茶な提案をされてはそりゃ悩む。悩んで当然じゃ。
では、わかっていながらなぜわしが強引に推し進めようとしているのかというと、なんとかこの男をここに引き留めておきたかったのだ。
正直な所、あんな目にあった後でわしは怖かった。
ただ、口に出すと「では、安全な老人ホームに入りましょう」という話になるので言えないが。
また、いつ妖怪に囲まれるかわからない。
今回は助かったが次はきっと喰われる。
わしだけならいい。こんな老いぼれいつ死のうが構わない。十分過ぎるほど生きた。
でも、あー坊は違う。まだ先があるのだ。
せめて小さなアトルを守ってくれる存在が欲しかった。
しかし誰にどう頼めばいいのかもわからない。
そんな今、目の前に運よくその存在がいる。
こんな機会は滅多にないぞ。逃してなるものかい
赤髪の使いだとしても、使えるものは使っておかねば。
とりあえず今夜安心して眠りたい
願うような気持で、ハンサムの返事をまつ。
わしの視線をうけ、くしゃくしゃと黒髪をかきまぜたハンサムは大きくため息をついた。
「……本当に三食つけてくれるんですね?」
「なんならおやつもつけようかの」
「それと僕は仕事の関係で不在が多くなると思いますけどそれでもいいんですね?」
「ええよ、後で文句いったりせんから安心し」
「では、お願いしましょうか」
よしっ
「わしは竹葉菊じゃ、よろしく頼むぞハンサム」
「アトルだ。ご愁傷様だなハンサム」
「アトル君にキクちゃんですね」
「菊ちゃんなんて呼ばれると、こっぱずかしいわい。ばあちゃんでいいぞ。ハンサム」
「え……、あの、ばあちゃんですか? いいんですか、本当に?」
「わしがいいと言っとるんじゃよ」
「まあ、本人がそう希望されるなら……」とハンサムは了解してくれた。
「ところで、さっきから気になっていたんですが、『ハンサム』ってなんですか」
「えっお前の名前じゃな」
「違います」
かぶせ気味で否定され、あー坊がわしの方を見てきた。
「えーでもばあちゃんが……」と言っているがわしは目を背ける。
「出来れば『クロ』と呼んでもらえると嬉しいのですが」
一瞬、わしもあー坊も黙る。
この男、黒目黒髪黒外套に黒服黒靴黒刀と、とにかく全身真っ黒なのだ。
そして名前までクロと呼べと。
どんだけ黒が好きなんじゃ。
「……真っ黒、クロ助じゃな」
わしのつぶやきを聞いたクロ助は、フッと笑う。
とりあえずこれで妖怪が襲ってきてもアトルは大丈夫。
そう思うと無理に起こしていた体から速やかに意識が拡散していった。
最後に覚えているのは
受け止められる感触とあー坊のわしを呼ぶ声と、
そして多少苦笑交じりの「まいったな」という声だった
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