怪しい同居人

開いている玄関

 森を抜けて視界が開けたのと同時に飛び込んできたあけ放たれたままの扉。


 玄関の扉は両開きになっている。片方はいつも固定してありもう片方しか開かないのだが、その普段開閉している方が全開になっていた。


 手綱を握っていたあー坊が車をずいぶん手前で止めた。


「おっと、締め忘れてたか」


「ついうっかり」をやってしまったと思い、わしは荷車から降りて駆け寄ろうとすると「ばあちゃん!ちょっと待て!」というあー坊の厳しい声に止められる。


「俺は間違いなく戸締り確認した」


 あー坊も荷車から飛び降りわしの横にきて開け放たれた玄関を睨みつけた

 あー坊が戸締りしたというのなら、誰かがここに来て扉を開けたということだ。


「ラナ達でもきたかの」


 今日の約束はしてなかったと思うが。


「ラナ達だったら勝手に鍵開けて入らねーよ」


 あー坊はわしの手を引いて玄関ではなく裏手の方へと走る。


「ラナ達じゃないなら、一体誰が入ったんじゃ?」

「それが分からないから警戒してんだろ」


 二人で背伸びをしながらそっと窓から中の様子を覗く

 この窓からは特にあやしい様子は窺えない。


 こんな、山の中に屋敷があると知っている人物などほとんどいないはずだ。


「心辺りはないのか?」


 そう言われて記憶を探る

 うーん……わしが知ってるこの場所を知っている人物と言えばあの二人


「介護職員」


「カイゴショ……誰だそれ」


 誰と言われても困るの。


 金髪の変な男と、赤髪の変なオカマじゃ。


 名前も知らんし、あれ以来会ってない。



 他の窓も覗きに行ったあー坊が、何かに気づいて家とは別の方に目を向ける。


「なんか……おかしくないか?」


「何がじゃ?」と首をかしげると「静かすぎる」と声を低くした。


 ラナ親子が作ってくれた動物小屋へ突然走りだした。わしも何がなんだかわからないままその後を追う。


 先についたあー坊が入口で動きを止めていた。


「どうしたんじゃ?」


 あー坊の様子を怪訝に思いながらも、続いてわしも中を覗いてみて絶句する。


 ニワトリの親子で賑やかなはずの小屋が血しぶきで赤く染まっていた。


 羽が散乱し生きて動いているものは何もない。全身に寒気が走った。



「一体……」


 今、この家で尋常ではない何かが起こっている。


 今度はハロタンの断末魔のような声が上がった。

 弾かれたように、あー坊とわしはハロタンの元へと走った。





 駆けつけた時には既に時遅くハロタンは二頭とも息絶えていた。

 そしてその内臓を貪り食う黒い影。


 三つの目に二つの尻尾オオカミのような形をした化け物


 それは以前襲われたもんすたという妖怪だった。それが三匹もいる。

 ハロタンを食べるのに夢中でまだこちらに気づいていない。


 わしらは寒慄した。


 立ちすくむわしらの後ろからもグルグルと獣の低い音が聞こえて真っ青になる。

 四匹目のもんすたが迫ってきていた。


 しかも一匹どころの話じゃない。次から次へと現れ四方を囲まれる。


 咄嗟にわしの腕をつかんだアトルが家の中へと駆ける。


 一匹飛び掛かって来たがなんとかかわすことが出来た。


 家の中に入るや否や、バンッとあー坊が玄関を閉め、すぐさまわしが閂をはめる。

 扉が物凄い音を立てて揺れたが、丈夫にできているようで何とか堪えれていた。


 これで、とりあえずは時間が稼げる。


「なんで、モンスターがここまで来ているんだよ!」


 あー坊が真っ青になりながら叫ぶ。

 一匹だけでも手も足もでなかったのに、この数はとてもじゃないが絶望的だ。


「結界はどうなったんじゃ」


 結界がある限りこの家は絶対大丈夫だと思っていたのに、それがこうも簡単に覆された。


 これからどうすればいい?


 どこかに隠れてやり過ごすか


 だが、一体どこに隠れればいい?



 わしがパニックに陥っているとき、ふいに扉にぶつかる音がやんだ。


「……音がやんだ」



 まさかとは思うが、あきらめたんじゃろか?



 次の瞬間、窓ガラスが盛大に砕け散る音がなり響いた。



 そうじゃ、ドアは頑丈でも窓は脆いんじゃった!

 次から次へとなだれ込んでくる妖怪を見てわしらは二階へと逃げた。


 階段を駆け上がり、適当な部屋に入り鍵を閉める。

 

 直後にドンッとゆがむほどの衝撃がドアにかかった。

 

 がりがりとドアをひっかく音と体当たりの音が響き渡る。

 そのたびにドアが歪んでいく


 玄関の扉と違い、こんな薄っぺらいドアでは防げない

 ベッドをドアの前まで持ってきたりはしてみたが、おそらく全く意味をなさない。


 ドア板より先に蝶番が音を上げた。斜めにぶら下がったドアの隙間から獰猛な口が入り、ドアをかみ砕いていく。

 成すすべもなく、ドアが壊されていく様子を呆然と見つめるしかなかった


 部屋の隅へと追い詰められる。

 あー坊が形見の剣を構えてわしをかばうように立っている。

 まさかこんなことになるとは思わず槍は車に置きっぱなしだった。


 剣を構えたあー坊を警戒してか、オオカミの妖怪はこちらの様子を窺いながらうろうろと飛び掛かる瞬間を図っていた。


 ふと視界に入った窓の外

 

 屋根の上から、こちらを狙っている奴がいた。


 あー坊は正面のオオカミしか見えていない。


 外のオオカミは好機とみて飛び掛かって来た。


「あー坊!」



 窓ガラスが割れる音と同時に必死で飛び出しあー坊を、押しのけた。



 直後背中に熱線をあびる。


 逆らえないほどの虚脱感に襲われ、わしの意識は速やかに闇へと落ちていった。

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