居場所(アトル視点)
毎朝、俺はパンの焼くにおいで目が覚める。
日が昇るのと同時ぐらいだから結構早い方だと思うのだが
キクは日が昇る前から起きてパンを焼いているようだ。
このパンが、死ぬほど美味い。
フワフワもちもちで口に入れるとほのかに甘い味がしてくる。
街で食べていた黒く石のような固いパンとは大違いだ。
寝ぼけ眼で台所に行くと、キクが朝ごはんの準備をしてくれている。
エプロンを翻し「おはよう」と笑う姿はすげえかわいい。
まじ天使
「ほれ、顔洗って来んしゃい」
このおばあちゃん語がなければもっといいのに。
流しにいき横においてある水桶で顔を洗い、ぱりっと乾いたタオルで顔をふく。
顔を洗い終わって台所に戻るとすでに朝食の準備万端である。
今日は目玉焼きと温かい野菜スープ。火でトロトロに溶かしたチーズをパンの上に乗せてくれた。
牛乳はもうないらしい。
早速テーブルにつき、二人で手を合わせ「イタダキマス」で食べ始める。
この家に来て初めて食事をしたとき、食べる前は必ず言うように言われた。
「他の命を頂いてわしらは生きているのだから……」
ウンタラカンタラと長々と語り始めて、食べ物を前に「待て」状態の俺には内容は何も入ってこなかった。
とにかく早く終われと念じるが本当長い。
待ちきれずにこっそり手を伸ばすと、手を叩かれた。
くそっ気づかれたか。
またクドクドと説教垂れてる隙に手を伸ばすがまた叩かれた
目をつぶっているのに何故わかる?
憮然としながら話が終わるのを待っているとそんな俺をチラッと見て、ニマーッと笑いやがった。
こいつ、わざとやってやがる。
「わかったかの?」
「わかった!すっごくわかった!」
だから、もう勘弁してくれ
「よし、では食べようかの」
渾身のイタダキマスをしてから食べ始めた。
食べ終わったキクは、片付けに洗濯掃除を始める。
なんと言うか、とっても働き者だ。
ここに来たら、俺は体のいい奴隷として使われるのだと思っていた。
俺もそのつもりだったし、むしろそうしてくれた方が気が楽なのだが。
なんでこいつが俺の奴隷のように働いているんだ。
ここに来て以来何も指示がないのでとりあえず、薪割とか、水汲みとかしてみたら
「あー坊はええ子やね」と頭をなでられてしまった。
何か解せないぞ。
キクは俺が何もしなくても特に気にならないらしい。
それどころか「外で思い切り遊んで来たらええ」とすら言われる。
だが、俺は気にする。
食事も寝床も用意してもらって何もしないと言うのは、いたたまれない。
俺は、やることを探した。
自分がこの家に必要とされる何かを。
俺は、ここにいたいのだ。居心地のいいこの家に。
洗濯物を干す手伝いをしている傍
麦がサワサワと風に揺れる。もうすでに実が重そうに垂れていた
「この麦収穫しなくてもいいのか?クマリンじゃあもう収穫やってたぜ」
ふと気になっていたことを聞いてみる。
「した方がええんじゃろうがわしも歳じゃけえのぉ」
とキクは遠い目をした。
歳って……ああ、もう突っ込むのはやめたんだった。
俺はこの時「これだ!」と思った
「俺、やろうか?」
「いやいや、流石にこの広さは無理じゃろ」
「いいよ。やることないし。時間かかるだろうけど地道にやるよ」
こうして、なんとか俺はやることを見つけ出した。
◆
家の裏手にある建物は物置小屋になっている。
中は何やら沢山の作業道具が置いてあったがほとんどの物がどうやって使うものかがわからない。
俺でも扱いのわかる鎌を取り出して、麦刈りを開始する。
一人では手に負えない広さだが、やっていればそのうち終わるだろう。
とにかく無心で刈っていると、長袖長ズボンで帽子を深くかぶったキクが出てきた。
「歳だからやらないんじゃなかったのかよ」
「子供にやらせて休めるわけなかろ。大人がお手本にならんとな」
いや、世の中の大人は子供に働かせて楽するもんだろ。
そもそも、お前も子供だろ
突っ込みどころは沢山あったが、一緒にやってくれようとする気持ちがうれしかった。
ケガするんじゃないかと心配になったがなかなかどうして様になっている。
「やったことあるのか?」
「麦じゃないが、稲狩りならやったことあるぞ」
稲とはお米のなる草のことらしい。
そういえば買い出し行った時も米が欲しいと言っていたな
荷物になるってことで一握りしか買わなかったんだっけか
「ばあちゃんは米が好きなのか」
「ばあちゃんの国では毎日米ばかり食べとったよ」
コイツ異国の人だったのか。それでこんなにズレているのか。
そういえば名前も「チクバ」が氏で「キク」が名なんだとか。
だったらキク=チクバと名乗れよと思ったがそうか異国人か。
ニホンという国出身で、どうにか帰りたいけど、ヒコーキに乗らないと帰れない。でもヒコージョが近くにない。とよくわからないことを言っていた。
「わしが帰る時はあー坊はどうする?一緒にくるか?」と聞かれた。
もし、キクがどこかに行くことになったら?どうするかな。キクがいないならこの家に残っても仕方ないよな。
この国を捨てて一緒についていくのも良いかもしれない。
「考えておく」と返事しておいた
その夜は疲れて泥のように眠った。
朝、目が覚めたらキクが珍しくまだ寝ていた。
昨日の麦刈りが余程疲れたらしい。
引き上げた後にもソファで休む俺を横目にしっかり晩御飯もつくり、お風呂の準備までしてくれたのだ。
もう少し眠らせてやろうと静かに部屋をでた。
代わりに朝飯作ってやろうと台所に行ったが、前の晩からいろいろ準備してあり何をどうしたらいいのかわからない。
仕方ないので朝飯作るのは断念し、麦を刈る作業にとりかかる。
家のほうから何やらよくわからない声が聞こえてきた。その後に勢いよく扉がひらいてキクが飛び出てきた。
「すまん。寝過ごした」
「いや、もっと寝ててもいいぞ?」
すぐご飯の準備するといってまた中に引っ込む
寝ぐせで髪の毛ぼさぼさの姿をみるのは新鮮だ。
しばらくするとパンの焼くにおいがしてきて、口元が自然に笑う。
もしかして、俺、今、すごい幸せなんじゃねえ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます