新しい生活(アトル視点)

 こうして、俺はこの女の子の家に住まわせてもらえることになった。


 いろいろな買い物をすませ、家へ向かう。


 買い物はチーズ、果物などの普通の物からミソ、ショーユなどよくわからないものまでいろいろ欲しがるので、町中歩き回った。


 結局ミソ等は見つからなかったが、途中で嬉々とした顔で魚のミイラを大量に買っていたのでちょっと退いた。


 コイツは結構……おかしい?


 喋りや行動から薄々感じてはいたが。





 丸腰で街の外を歩きだした時は戦慄が走った。


 しかももうじき夕時だ


 ちょっと待て。正気かこいつ


 服や食材等は沢山買ったが武器を一切買わなかったよな。

 手荷物にもそれらしきものはなかった。


 俺は一応親の形見の剣を持ってはいるけど。


 まさか、コイツの家が街の外にあるとは思わなかった。


 これは、失敗したかもしれない。


 街にいたらその日暮らしだがモンスターに食べられることはない


 だが、このままこの女の子について行くと俺はモンスターのエサになる未来しか見えない。


 かといって俺だけ逃げるわけにもいかない。


 この子が食い殺されるのだけは我慢できない。



 モンスターの危険性を再三訴えるが、「大丈夫! 任せとけ」と言い全く聞き入れてくれない。


 その自信はどこから来るんだよ!


 案の定、モンスターに出くわした。

 結界のおかげで命拾いしたが、とんでもない目にあった。


 どうやら女の子はモンスターをはじめて見たらしい


 モンスター見たことないとか、どんだけ幸せな生活送ってたんだよ。


 たどりついた家は、立派な豪邸だった。


(やっぱりお嬢様だったか)


 とにかく無事についたのが奇跡に思えた。







 家に着いた翌日

 朝一番に始まったお風呂という拷問時間


 溜まりに溜まった垢を落とす作業だ。


 俺は何度も一人で出来ると言った!さけんだ!

 でも許してもらえなかった。


 同い年くらいの女の子がよ、下着姿でよ、石鹸でニュルニュルと全身隈なく洗ってくるんだぜ。


 俺は泣いたね。


 そもそもなんで下着姿なんだ。服が濡れないようにという安直な考えからなんだろうが恥ずかしくないのか。

 うっかり水がかかってしまった白い薄いシャツが肌に張り付き透けている。触ってみたい衝動を必死にこらえている中、あっちは好き放題触って来る。

 日に焼けた肌に真っ白な手がはい回る様は、青少年には刺激が強すぎた。


 元気になったそれを隠すのにとにかく必死 で し た 。




「もうお嫁にいけない」


 お風呂から上がった俺は精魂果てていた。


「はいはい、ばあちゃんはアトルの裸にゃ興味ないから気にせんでええ」


 カッカッカッカと笑われ、いろいろ泣きたくなった。



 大体なんでばあちゃんなんだ。アホか!


 住まわせてもらう以上、「お嬢様」でも「チクバ様」でも「ご主人様」でも指示通りに呼ぼうと思うが


「ばあちゃん」はない。「ばあちゃん」は。


 勘弁して欲しい。


 老婆だと本人は言い張るがどう見ても同い年くらいだ。背は若干むこうの方が高くはあるが。



「背丈も俺と似たようなもんだし」と言ってみても

「昔はもっと高かったんじゃよ。歳をとると骨が縮んで小さくなってしまうんじゃ」との返答が。


 そんなわけあるか!


「肌だって、つやつやだし年寄りには見えない」さらに言い募ってみるが

「アトルは良い子じゃのぉ」と頭を撫でられる。


「お世辞じゃねえよ。本当の事だ!」さらにさらに言い募ってみたが

「わかっておる、わかっておるよ」とニコニコ顔だ


 ちっともわかってねえよ!


 なんで! わ か ら な い ん だ !!!




 伝わらないもどかしさにうめいていると外に呼ばれた。


 行ってみると、庭に椅子が置いてありそこに座らされる。


 今度は一体何が始まるんだ?


 おっかなびっくりの俺の首にシーツがまかれた。手にはブラシとハサミが握られている。

 散髪か。




 また距離が近い。

 お風呂のゼロ距離攻撃を経験した後だと大分マシだが。



 目の前を行ったり来たりする腕を眺める。


(それにしても真っ白だな)


 ずっと外に出てなかったのだろうか?


 腕の延長で女の子の顔へ視線を移す。


 血管が透けて見えそうなほどの透明感をまとった白。

 優しい桃色の頬に柔らかそうなバラの唇

 長い睫毛に縁取られた瞼は瞬きする度、大粒の瞳を潤ませている。 


 その潤んだ瞳が俺の目を覗きこんできた。


 見ていたのがバレたか!


 心臓が大きく脈打ちとっさに目をそらす。


 胸がバクバク言っている中、白い指が俺の前髪をつかんだ。

 前髪を切ろうとしただけだったか。驚かすな。


 眼前で、バラの唇がぽっかりと開かれる。

 吐息がかかるほど近くで「目閉じて」と囁かれ、言われるがままにぎゅっとつぶる。

 もちろん髪の毛が目に入らないようにするためだとわかってはいる。


 わかってはいるんだが


 キス待ちしてる気分になって来る。



 数秒後ジャキンジャキンと音がしてから「もう開けて良いぞ」と言われ、何やらアホな期待をした自分に嫌気がさした。


 その後は特に刺激的なことはなく、ジャキンというハサミの音と、地面に滑り落ちていく自分の髪を黙々と眺めていた。


「動いたらいけんよ」

 つい、おちた髪の毛の行方を追おうとしてしまい、頭を両手で固定される。


 昔、母親が同じようにして髪を切ってくれていたことを思い出した。


 当時の自分はまだ幼く、外の様子が気になり、ハサミの音が気になり、自分の頭が気になり、とにかくじっとしていられなかった。

 そんな俺に母親は「動いちゃダメ!」と何度も怒っていた。


 何気ない日常を思い出して、温かな気分になる


 ずっと母親を思い出そうとすると凄惨な最後ばかり思い出されて苦しくなるのであまり考えないようにしていたが


 今思い返せばそんな辛い思い出ばかりではなかった。

 幸せだった記憶も確かにあるのだ。

 母親は明るい金髪の笑顔の似合う綺麗な人だった。


「よし、もういいぞ」


 そういって、肩を叩かれた。


 久しぶりに母親の笑顔を思い出しセンチメンタルな気分に浸っていた自分は、現実に引き戻された

 巻いてあるシーツをはずす女の子の笑顔が、母親の笑顔と重なり少し気恥ずかしさが残った。



 髪の毛を落とすため風呂場に向かおうとしたが、なんだか頭の手触りに違和感があり先に鏡を見に向かう。


 そして愕然とした



 頭がハゲ山にされていた。





 理由は説明されたが、普通他人の頭をこうも遠慮なく坊主頭にするか?!


 信じられねえ!


 せっせせっせとコイツが俺の頭の毛を刈ってる間、一人でセンチメンタルな気分になっていたのかと思うと頭を抱えたくなる。




 その後、女の子は母親とは似ても似つかない笑顔で呼びかけてくるようになった。


「なあ、あー坊」


 と。


 なんだあー坊って。俺が坊主頭になったからか!



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