コソ泥

「コソ泥があ!」

「今日は逃がさねーぞ」


 何事かと前方の人だかりを見ていると十歳くらいの男の子から飛び出してきた。

 泣きそうな顔をして必死にパンを胸に抱いている。人ゴミを抜けた際バランスをくずしたのか、目の前でこけてしまった。

 助け起こそうと駆け寄ったが、男の子はわしのことなど眼中になく恐怖に引きつった顔で後ろを振り返る。

 きっとこの子がコソ泥なのだろう。

 人だかりの中、体格のいい男達が近づいて来るのが見えた。

 捕まったらひどい目にあわされてしまう。


 咄嗟にボウヤの腕をひっぱった。

「こっちじゃ」さっと建物と木箱の陰に押し込み少年が隠れるように前に立つ。


 男達は人込みでこちらは見えなかったのか、怒号をあげながら前を通り過ぎて行った。


「もう大丈夫じゃ」と前を退いてボウヤを出してやると


「助けてくれなんて言ってないんだからな!!」


 と目を吊り上げ唾を飛ばしながら怒鳴られた。

 さっきの泣きそうな顔より、よっぽどいい顔じゃ。


「わかっておるよ。ほれ、早よ逃げ」


 今の大声で気づかれたかもしれんぞ。


 少年は舌打ちを一つすると、そのまま人込みに紛れていった。


 この国には、あのような子供がまだ存在するんじゃな……


 昔の日本もこんな子供であふれていた。

 違うところといえばあのころの日本は国民全体が飢えていたが、ここは貧富の差がはげしいようだ

 街のそこら中に乞食を見ることが出来た。


 しっかりせんといけんな。

 あんな小さな子供が頑張って生きているんだからの


 差し詰め今必要なのはお金かの。

 日本へ帰れる目途がつくまでの生活費がまずは必要である。



 顔をあげ、さきほどフランで教えられた質屋へと向かった。





 ガラクタ置き場のような店だった。きっと客から買い取ったものだろう商品が雑多においてある。


 薄暗い店の奥へと入って行くと商品に埋もれるような小さなカウンタを見つけた。

 カウンタに座った店の主人は、わしの顔をみて怪訝な顔をしたが「買い取って欲しいものがある」と言うとすぐ胡散臭い笑顔を向けてきた。


 物を売りたい時、もし手間を惜しまないのならその取り扱い店へ直接持ち込んだ方が高く売れるが、

 安くてもいいから、手っ取り早く売り払いたいのなら質屋だとフランで教えられた。


 さっそく査定してもらおうと例の家にあった貴金属や水晶を取り出した。

 店の主人が一瞬息をつまらせた。


「どうかしたのかの?」

 何をそんな驚いておるんじゃ?


「お前これがなんだかわかってるよな」

「?」

 ただの水晶に見えるが、純度が高いから磨けば宝石になるとかかの?

「ああ、いや、なんでもない。」

 店の主人はわしの顔を見た後、咳をひとつして表情を改めた。

「この水晶、あいにくここら辺ではよく取れるから、大した額にはならないよ」

「そうなのかの、まあ、金になるなら何でもいいぞ」

「出してこれくらいかな」

 相場がわからないからそんなものかと「じゃあそれで」と取引成立させようとすると


「それはあんまりじゃないですか?」


 いきなり他の方向から声がかかり、目を向けると長身のさわやかハンサムボーイが横に立っていた

 黒い服の上に黒い外套。腰には刀らしきものを差している。


「すみません。あまりに酷い取引内容だったので、黙っていられませんでした」


 そういってハンサムは水晶を一つ手にとって観察しはじめる。

 この男、黒目黒髪であった。

 ただそれだけの事なのにとても信頼できる人間に思えてくる。

 周りが赤や黄色やと色鮮やかな頭ばかりの中、馴染み深いその真っ黒な頭はこの上ない安心感を与えてくれた。


「これどう見ても魔法石ですよね。豆粒大の石一個でも馬一頭分の価値はかるくあります」


 そう言ってハンサムは店の主人にニッコリと笑いかける。


「嘘はいけませんね。信用問題にかかわりますよ」


 店の主人は苦虫を噛み潰したような顔をしてこちらから目をそらした。

 ハンサムは穏やかな笑顔を浮かべたまま、わしの手を取り水晶を返してきた。


「僕としては、『それをすてるなんてとんでもない!』と言いたい所なんですが」


 そう言って妙に熱のある瞳で見つめられた。

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