ラナ=トシド

 あたしの名前はラナ。


 ラナ=トシド


 今日変な奴と出会った。



 ◆




「ラナっ!」


 ロバ車の手綱を引く親父が鋭い声を出した。


 前方にモンスターが現れたのだ


 あたしは揺れる荷車の上で荷物から威嚇弾を取り出し構える。

 目標はここ周辺で多いオオカミ型のモンスターだ。まだこちらに気が付いていない


 発射された威嚇弾は、三つに分かれそれぞれが眩しい光を放ちながらグルグルと歪な動きをしながら飛び、爆音を立てて破裂した。

 殺傷能力はほぼ無い。光と音だけのこけおどしだ。

 だが大体のモンスターはこれにビビッて逃げていく。


「威嚇弾最高!」

 今回も例に外れず尻尾撒いて逃げていくモンスターを見てあたしはガッツポーズをする。


「少々値は張ったけど、ホント良い買い物だったよな」

「下手な武器よりよっぽど役に立つわ」



 あたしの家は【クマリン】で店を構えている雑貨屋だ。

 母さんに店番を頼み、あたしと親父はロバ車で商品の仕入れに回っている。

 今、隣町からの帰り道である。


 ここらのモンスターは夜行性が多く昼間の出現頻度は少な目のだが、今のように出ないわけでもない。慎重にロバ車を走らせていると前方に何か現れた。

 モンスターかと思いすぐ対応できるように親父が槍に手をかける。あたしは威嚇弾を構えた。


 狙いを定めようとしたところ、それが人間の子供だと気が付いた。

 女の子が道端で背中を丸めて座り込んでいる。


 女の子の方もこちらに気づいて顔をあげた。生きているようだ。

 声をかけて見たらすでに息絶えていたなんてざらにあるため、無事な姿に胸をなでおろす。


 周りを見渡してみるが、保護者らしい人はみあたらない。


 何かトラブルでもあったのかと、親父が手綱を引いてロバにドウドウと止まれの合図を送った。

 積み荷の重さも乗ってすぐには止まれず惰性で女の子の前を通り過ぎる。



 前を通った瞬間目があった。帽子の陰から覗くその眼は真っ赤でちょっとゾクッとした。


 それにしても、こんなところで無防備に座り込んで、モンスターに襲われたらどうする気だ。

 膝に荷物を載せて足を投げ出して。それだといざという時咄嗟に逃げられないぞ。

 ここら辺は少ない方ではあるが、ゼロではないのだ。


「おい!あんた!そこで何やってんだ!」


 女の子は珍しいものを見る目でこちらを見つめていた


「あんた一人か?」

「ははは、まさか一人なわけないだろ。もちろん保護者がいるよな?」


 親父がわらいながらそういうと、女の子はムッとした顔をしてプイとそっぽを向いた。


「わしゃ徘徊老人じゃないぞ」

 と何やら訳が分からないことをぶつぶつ言っていた。


「おい!そんなところに座ってるとモンスターに食われるぞ」


 そう忠告したが、女の子の耳は音を受け付けなくなったようだ。ボーッと前を向いて無反応になった。


 ……聞こえてるよな?


「【クマリン】の街まで行くけど、よかったら一緒に乗っていくかい?」


 突発性難聴になった女の子に親父がそう声をかける


「お願いしようかの」


 女の子は即座に反応を返してきた。


 やっぱり聞こえてるじゃないか


「よっこらしょ」と、年寄り臭いことを言いながら遠慮なくあたしの隣に腰かける


 開いた口がふさがらないでいると「乗せてもらって悪いのお」とニカッと笑われて、毒気をぬかれる。


 女の子は長い銀髪を緩い三つ編みにしており、肌の色は透けるように真っ白。

 全体的に白いイメージの中、大きなその瞳だけが深紅ですごく神秘的だ。


 自分とは対照的なその容姿に「さぞかし良いところのお嬢様なのだろう」と思った矢先、この歯をむき出してのニカッと笑いはひどくショックだった。


 うわ、見たくなかったわ……



「あんた、あそこで何やってたんだ?」

「ちょいと故郷に帰ろうかと思うてな」

「一人でか?」

「そうじゃよ」


 このご時世こんな子供が一人旅とは。正気だろうか


「故郷ってクマリン?」

「うんにゃ、山口じゃ」

「ああ、山のふもとの方なのか」


 ずいぶん変な表現をする


「山の入口じゃのーて、山口県」


「ヤマグチケン?」


 まったく聞き覚えがない。


「親父知ってる?」

「いや、知らないな。ここら辺じゃ聞かない町だ。ずいぶん遠くから来たんだな」


「山口県じゃぞ?なんで知らんのじゃ!」


 知るかよ。てか、こいつのしゃべり方なんでこんなヘンテコリンなんだ。


「おっかしいのぉ」


 そのままついでに「ぶえっくしょん」と盛大にくしゃみをかましやがった。


 おかしいのはあんただ。なんでそんなババ臭いんだ。

 最初背中に寒気が走るほど衝撃的だった赤い瞳も、もはや大衆感あふれるものになってしまった。


「クマリンに行ったら【フラン】を訪ねてみるといい」


 親父がそう勧めた


【フラン】とは世界を旅している冒険者たちのよりどころ。武器や防具、道具屋、宿屋、仕事その他もろもろの斡旋をしている

 各地の情報交換所でもあり、人材紹介所でもある。

 その各地の【フラン】同士の繋がりを【フラン環】と呼び世界中に展開している組織だ。


「世界を旅してる商人や傭兵達があつまるところだから、知っている人がいるかもしれないよ」


 ということで街についた私達はこの女の子を【フラン】の近くまで送り届けることになった。


 路地の手前で止めて、このまままっすぐ行けば世界共通【フラン環】のマークを掲げた看板があるからそこに行くように教える


 女の子は丁寧にお礼を言った後、金を払うといいだした。

 もともと帰り道だったし必要ないと断ったが、「そういうわけにはいかん」となかなか引かなかった。


 結局湯掻いたトウモロコシを残していった。

 トウモロコシって。あんな可憐な容姿をしてるのにトウモロコシって


「あいつ一人で大丈夫かよ…」


 貰ったトウモロコシを齧りながら、背中を見送る。いい塩加減だ。甘みもしっかりある。


【フラン】は確かに情報収集にはうってつけではあるが、住民はまず近づかない。

 世界を旅する猛者が集まる場所なだけあって、気性の荒い奴が多くイザコザが絶えない。

 運悪く巻き込まれてケガをしたら堪らない。


「気になるか?」


 ずっと女の子に視線を向け続けるあたしに親父が声をかける。


「そりゃあね」


 ぐっと伸びをして腰を叩きながら、のろのろと歩いていく姿は老婆のようだ。

 ヘンテコすぎて、この先あれで大丈夫なのかと心配になる。


「アイツもっと、女の子らしくすればいいのに」

「お前がいうな」


 親父の突っ込みにイラッと来て「うっさい」とチョップをかました。

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