鏡に映る自分

 歩き出して途中で慌てて引き返す。


 今すぐ行くとあの二人と鉢合わせになるのに気が付いたのだ。


 出発するのはもうすこし時間をおいてからにしよう





 時間をつぶす間に何か腹ごしらえでもしとくかの。


 あの二人が言うにはここがわしの家だという。


 昔、旅行先でこんな家に住んでみたいとは言ったことがあったが、息子達が叶えてくれたということだろうか


 まったく余計な気をきかせて。


 たしかに素敵だが前のボロ屋のほうが住み心地いいに決まっている。

 自分一人住むのにこんなに広い家必要ない




 さっそく台所を見つけたわしは絶句した。


 昔懐かしカマドがあった。いや、形が少々日本のとは異なるがカマドと同じ薪を使うのは間違いない。


「ここにはガスがきておらんのか」


 ガスどころではなく電気も来ていないようだ。洗濯機もない、冷蔵庫もない。

 水道も通ってないようで、大きなカメに水が汲んでありそこから使うようになっていた。


 なんと不便なところか。こんなところによく住む気になったものだ。



 とりあえず米を探してみたがみあたらない。仕方ないのでそこらにあった芋とトウモロコシをふかして食べようとしたのだが、これがえらく手間だった。


 幸い割ってある薪があったので薪割は必要なかったが、薪を組み火を起こすことからはじまった。

 子供の頃、これを毎日やっていたの。

 最近のことは思い出せないがこういう昔の記憶は案外残っているものである。


 すんなり火がついたのを見て、妙にうれしくなり孫あたりに語りたくなったが残念ながら周りに誰もいなかった


 今ではスイッチ一つでコンロに火が付くのだ。いや、最近では火すら必要ない。

 きっと今の若いもんはできんじゃろうなと得意げな気分になり、このままいろいろ作ってみたくなったが、碌な食材がなかった。


 冷蔵庫がないから常温保存がきくものだけしか置けないのじゃろう。

 確かに昔冷蔵庫が家庭に来るまでは、毎日買い物に行くか庭で作っていた。


 ため息がこぼれる。


 科学文明とはなんと便利で有難いものなのか。



 質素な食事をとったらどっと疲れがきた。たかだか芋をふかすだけでこんなに疲れるとは。


 少し横になって休もうと先ほどの部屋に向かう。


 廊下の姿鏡の前を通った時思わず声を上げそうになった。


 鏡に知らない人物が写っていたのだ。


 他にも人がいたのかとあたりを探したが見つからない。気を取り直してまた鏡をのぞいてみる。


「なんじゃこれは」


 さきほど映っていたのは自分だったのだ。その姿をみて愕然とした。


「か、髪の毛が真っ白じゃ…」


 今までも白髪交じりではあったが、まだ辛うじて黒も残っていたはずなのに。

 真っ白に変わってしまった髪の毛を触りながらショックのあまりヘタリ込む。


 よく見ると目は真っ赤に充血している。おまけにやせ細り顔の色が蒼白だ。


 これは確かに、心配されてもおかしくない。

 こんな一気に老け込んだら施設にいれたくもなる


 目もずいぶんと悪くなったようで皺もシミも全く認識できなくなっていた。

 こんだけ目が充血していれば、見えにくくもなっていよう。


 とにかく自分の姿がまるで別人のようになってしまっている。


 何らかの病に侵されているに違いない。

 だが病院に行くととんでもない診断をされ入院させられそうで怖い。


 せっかくさっきの二人を追い払ったばかりなのに藪蛇にはしたくない。

 どうせもう長くない命、今のところ生活に支障は感じないので無かったことにしよう



 とにかく早いとこ前の家に戻らねば。

 こんな不便なところにいるからこんな姿になってしまうのだ。


 だが今日は疲れたので前の家に帰るは明日の朝からにしよう。


 よく考えてみるとお金がないとバスにも乗れなかったの。


 そんなことを考えながら眠りについた。

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