6話 「主人公の友人はいい奴という法則」

 



 清々しい朝の匂いが飽和する通学路。爽やかな朝日は道を照らし、濃いクマをぶら下げ、つむじに寝癖を突っ立てた光一の顔を照らしていた。



「なぁ、ナイト……一つだけ聞きたいことがあるんだが」


「はい。何でしょう?」



 乾いた声に反応し、ポケットからナイトが顔を出す。彼とは対照的にスッキリとした面持ちで非常に健康的だ。



「まだ7時前だぞ……何でこんな早くに家出なきゃなんないんだ?」


「早起きは男子であれば当然のことです。朝日より早く起きて鍛錬に向かう、そして自身の技に磨きをかける。えぇ、騎士とはかくあるべしです」


「俺は騎士じゃねぇよ……第一それはお前の世界の話だろ。俺には関係ねぇよ」


「む、そんなことはありません。光一は騎士でなくとも、剣士を志す者なのでしょう? であれば早寝早起きは習慣にすべきです」


「はぁ……?」



 光一の持つ竹刀袋を指さすナイト。確かに剣士といえば剣士なのだが、彼女の言う剣士と光一の剣道における剣士の意味合いには多少……というか次元的なズレがあるように思える。


 しかし言葉にして説明するのも難しい。そして面倒くさい。表現力の乏しい光一にはあまりにも無理難題である。



「わっ、光一! 無理矢理押さえつけないで下さい!」


「うるさい、なんかお前との会話は頭使うからもう引っ込んでろ。物理的に」



 親指で彼女の頭をポケットの中に押し込む。まだ言いたいことがあるのか、必死に押し返してきたが「落とすぞ」と光一が脅すと、それ以来静かになった。





 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯





 学校に着くと、すでに教室の喧騒が廊下から聞こえていた。8時前からこんなに賑わっているのも珍しい。まぁ、8時前に来る事なんて滅多にないからよく知らないが。



「──でさ……お、なんだよ光(こう)! 今日早いじゃねぇか。そういや昨日も早かったし……心入れ替えたのか?」


「入れ替えたっていうか……突然入ってきたって感じだけど。ポケットに」



 教室で一際大声を出していた男が話しかけてくる。180センチの長身に短めの茶髪。着崩された制服は彼の厳つさに拍車をかける材料ではあるが、幼なじみという間柄か、光一は割とこの『高山 祐也たかやま ゆうや』とは仲がよかった。



「それよかすげぇんだよ光! ほら、このニュース見てみろ!」


「あん? なんだ……って近い近い」



 スマホの画面をずい、と顔に押しつけてくる裕也。彼は見た目とは裏腹に案外理知的で世情に詳しい情報通だ。会話の引き出しの多い彼はそれに比例して友人も多く、それがちょっと羨ましくも感じる。

 ……それはともかく、押しつけられるスマホがうざったい。



「だぁ! 近いってば! 離れろよ!」


「いやぁ興奮しちまってさ、悪い悪い。ほら、光はこういう話題好きだろ? ま、俺も好きなんだけど」


「ったく、何なんだよ……」



 やっと離れたスマホを恨めしく思いつつ、画面を見つめる。

 彼のスマホに表示されているのは海外のニュースらしく……字が多くてあまり読む気がしない。

 しかし、ページの一番下に掲載されている画像。この画像から一気にこのニュースの概要が明らかになった。



「え……? これって……」


「『ゴーレム』だよ! 『ゴーレム』! すげぇよな! マジで実在してやがった!」


「ゴ、ゴーレムってお前……」


「昨日のニュースでも取り上げられてたけど、やっぱり本当だったんだな! なんかゲームの世界から出てきたみたいで面白ぇや」



 鼻息荒く、裕也が熱く語る。彼も光一に負けず劣らずのゲーム好きなのか、こういう話題には特に関心があるらしい。

 一方の光一は関心はあっても裕也のように熱くなる事はなく、目を細めて苦手な活字を頑張って読み進めていた。



 ──えーと……『カンザス州で謎の生命体現る。体長は3メートル程で、特徴としては体中が硬い岩石のようなもので覆われているとのこと。また、各国でも同様の目撃情報が確認され、日本のゲームシリーズにも多く登場する「ゴーレム」ではないかとの声も多く上がっているが、目下のところ詳細は不明』か……本当にゴーレムなのか?



 ページに貼られている画像を凝視する。粗く不鮮明な写真だが、その姿はまさに光一のイメージ通り。

 やけに小さな頭部。岩石を寄せ集めてくっ付けたかのような粗悪で屈強な体つき。あとは特に特筆すべき点がないのも、このモンスターの特徴とも言える。



「まさか……本当にいるのか……?」


「そう言ってんだろ? なんかロマン感じるよなこういうの。昔、二人でゴーレム倒して経験値稼ぎしてたの思い出したわ」


「ゲームの話だろうが。いやしかし本当にいるものなのか……」



 うーむ、と頭を悩ます光一。一般人であればこういった話には表面上だけで付き合うものだが、彼の場合は中までしっとりと考え込んでしまう。

 だが頭の鈍い彼だ。答えなどが出るはずもなく、



 キーンコーンカーンコーン


「あ」



 こうやって時間を無為にする事がほとんどである。



「ほらー、今座ってないやつぁ遅刻にしちゃうぞー」



 ガラガラと教室の前の扉が開かれ、担任の大塚がチャイムの音と同時に教室に入ってきた。楽しく談笑していたクラスメイトたちも遅刻にされちゃ敵わん、と各々の席へと戻っていく。



「俺たちも席戻るか」


「ん? あぁ……」



 今だに頭から離れない話題を脳内でセーブして中断。また後で考えることにして光一と裕也は窓際の席へと戻って──



 ズゥン



「……え?」


「あ? どうした光」


「…………」




「いや……何でも……」



 幻聴だろう──、そう信じて彼は席についた。

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俺のポケットはいつも膨らんでいる 麦博 @mu10hiro

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