君が死んだら、世界を殺して僕も死ぬから(2010/07作)

 ある夏休み、僕は怪物と出会った。

「はあーん、ブふふーん!」

 二億年の眠りから目覚めた怪物のミーちゃんは、肺に溜まったカビを吐き出しながら、死ぬほどまぶしい青空や、水平線を白く支配する入道雲を5万カラットの瞳でキラキラと眺めていた。

「ねえミーちゃん、今から海へ行こうぜ!」

「いいよ、ケンちゃん!」


 海水浴場へ着くなり、僕はTシャツを脱ぎ捨て海へ飛び込んだ。しかしミーちゃんは、水際でポツンと海を眺めるばかり。

「こわくない、こわくない」

 ミーちゃんは心を決めてプルルと海に入ると、背中の穴から潮を吹き上げた。

「すごい! 虹だ!」

 ミーちゃんは周りの海水浴客を激しく殴打しながら、バタバタと不器用に泳ぎ始めた。水辺にはミーちゃんのバタバタで犠牲になった人々の死体が、プカプカと浮かび上がった。

「ケンちゃん、助けて!」

 僕は急いで軍用ヘリに乗りこむと、劣化ウラン弾をミーちゃんめがけて撃ち込んだ。

「もっと優しくして」

 ミーちゃんはパニックを起こしたのか、逃げ惑う人々をフライドチキンみたいにムシャムシャと食べていた。暴走したミーちゃんは砂浜に上陸すると、そのまま都市を破壊し始めた。

「もう、どこへも戻れなくなる」

 僕は沖合いの巡洋艦に回線を繋ぎ、トマホークミサイルの発射を命じた。しかし、ミーちゃんは攻撃にひるむことなく、夏の空に向かって悲しい雄叫びを上げながら、世界貿易センタービルや六本木ヒルズなどを破壊し続けた。

「ねえ、こんど虫採りに行こうよ!」

 僕は空軍を回線で呼び出し、非核兵器の中では最高の破壊力と残虐性を持つバンカーバスターという大量破壊兵器の投下を命じた。

「でも虫って、すぐに死んじゃうでしょ」


 ……事件から200年後、僕は死刑囚専用の独房で死を待っていた。ミーちゃんの暴走を止めるために都市を壊滅させ、無辜の市民を600万人も虐殺してしまったことで国際軍事裁判にかけられた僕は、「平和に対する罪」で死刑判決を受けたのだった。

 ミーちゃんは暴走後、強度の疲労で休眠状態に入り、そのまま地下深くに封印されたのだという。

「あのとき、どうして核ミサイルのボタンを押さなかったの?」

「毎晩、夢の中で押してるよ」


 ある寝苦しい夏の夜、僕は突然目を覚ました。

「君にまた、会いたいな」

 拘置所中のサイレンが狂ったように鳴り響き、独房の壁や天井がバリバリと破壊されていく。

「夢の続きを、始めましょ」

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